地球環境科学部環境システム学科の櫛田優花助教が参加する研究グループが新種のウミエラ類を発見し、研究成果がオランダの国際学術雑誌「Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers」に掲載されました。
櫛田助教、産業技術総合研究所地質情報研究部門海洋環境地質研究グループの井口亮主任研究員、喜瀬浩輝日本学術振興会特別研究員PD、海洋研究開発機構の藤原義弘上席研究員、土田真二准研究主幹による研究グループは、西七島海嶺海洋保護区(沖合海底自然環境保全地域)の安永海山で、水深998 mの岩場に生息するウミエラ・ノームツルウミサボテンAnthoptilum gnomeを発見し、ミトコンドリアゲノム情報の提供と併せて新種として記載しました。ウミエラ類は基本的には海の砂泥底に生息する群体性底生動物です。この例外的な岩場に生息するウミエラ類の発見は、世界でも本種で5種目となり、北西太平洋では初めてとなります。本種は群体下部の「柄部」を吸盤状にすることによって、岩場での生息を可能にしています。
<櫛田先生からのひとこと>
海洋生物の種多様性には驚かされますが、さまざまなかたちの種が様々な過程を経て多様化してきたことにロマンを感じています。今回、異質な存在である、憧れの岩場生息性ウミエラ類を実際に観察できて嬉しかったです。多様性は楽しいです。
図1.ノームツルウミサボテンの生態写真。A. 周辺環境。 B. 拡大写真。岩にくっついている様子が確認できる。(原論⽂の図を引⽤したものを使⽤しています。)
Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers
Description of the fifth sea pen species that attaches to hard substrates by modifying its peduncle
Yuka Kushida, Hiroki Kise, Akira Iguchi, Yoshihiro Fujiwara, Shinji Tsuchida
https://doi.org/10.1016/j.dsr.2023.104212
<研究の背景>
ウミエラ類は主に砂泥底に生息する群体性海洋無脊椎動物の仲間で、刺胞動物門に属します。ほとんどのウミエラ類は、群体下部の「柄部」と呼ばれる部分を砂泥底に突き刺し、アンカーのように使用することで、足場が不安定な環境である砂泥底でもその場に留まり暮らすことを可能にしています。
Williams and Alderslade (2011)によって、4種が岩場生息性のウミエラ類であることが記されました。岩場生息性のウミエラ類は、吸盤状の柄部を用いることで岩場に生息することが可能です。このような岩場生息性ウミエラ類は、カリフォルニア沖、タスマン海、バハマ、スリランカ沖の深海域からそれぞれ発見されてきましたが、ほとんどが一度のみの記録で、現在も岩場生息性ウミエラ類の報告・形態・遺伝子情報は極めて限られています。
今回、2021年に実施された沖合海底自然環境保全地域における生態系モニタリングに関する総合調査で、ユニークな吸盤状柄部をもつ岩場生息性のウミエラ類を発見しました(図1と図2)。本研究では、形態観察・ミトコンドリアゲノム情報の蓄積を伴う遺伝子解析・祖先形質の復元によって、ノームツルウミサボテンAnthoptilum gnomeの記載と吸盤状柄部の獲得に関する進化学的研究を行いました。
<研究内容と成果>
本種の観察の結果、管状ポリプの配置、柄部における微小な骨片の存在、群体長と軸部幅の比率から、全ての既知種と一致しないことが明らかとなり、ノームツルウミサボテンAnthoptilum gnomeとして記載されました。学名の「gnome」、和名の「ノーム」は、海山の岩場にたたずむその姿から、大地を司る精霊・ノームを由来として名付けました。
また、ノームツルウミサボテンのミトコンドリアのゲノム情報を18,922塩基対取得し、ミトコンドリアゲノムおよびミトコンドリアのタンパク質コード遺伝子のMutS領域を用いた分子系統樹を作成することによって、吸盤状柄部をもつノームツルウミサボテンの系統学的位置を明らかにしました。その結果、ノームツルウミサボテンは砂泥底に生息する他のツルウミサボテン属の種と近縁であることが明らかになりました。
図2. ノームツルウミサボテンの標本写真。スケールは1cm。(原論⽂の図を引⽤したものを使⽤しています。)
図3. ノームツルウミサボテンの環状ミトコンドリアゲノム。(原論⽂の図を引⽤したものを使⽤しています。)
また、本種は系統的制約の中で、環境に合わせて吸盤状柄部を獲得してきたことが示唆されました。現在までに、吸盤状柄部をもつウミエラ類は、ツルウミサボテン属の他、フタゴウミサボテンモドキ属でも知られていますが、系統学的位置から、これらの吸盤状柄部の獲得はそれぞれ独立して起きたと考えられます。この結果は、祖先形質の復元解析でも支持されました。
本研究のノームツルウミサボテンAnthoptilum gnomeの発見は、北西太平洋からの初めて、また世界で5種目の岩場生息性ウミエラ類の報告となりました。近年、海洋生物の多様性の重要性が認識され、2020年には国内初の沖合海底自然環境保全地域が指定されました。今後、生物多様性の把握はさらに重要となることが想定されますが、本研究は知られざる海洋の生物多様性やその多様化プロセスの解明に貢献しました。
本研究は、環境再生保全機構・環境研究総合推進費「新たな海洋保護区(沖合海底自然環境保全地域)管理のための深海を対象とした生物多様性モニタリング技術開発」 (JPMEERF20S20700)、立正大学研究推進・地域連携センター支援費 第三種の支援を受けて実施しました。
<用語解説>
ポリプ:底生生活をする刺胞動物がもつ個虫(個体)のこと。例えば、八放サンゴ類の場合、触手が8本ある通常ポリプや、基本的に触手がない管状ポリプなどが知られる。
系統的制約:系統的に近縁の種が共有する性質によって受ける制約のこと。系統的慣性。