彫刻文化財修復の適正な在り方

立正大学大学院文学研究科仏教学専攻
立正大学仏教学部仏教学科
秋田貴廣教授

専門は、文化財修復(彫刻)。東京藝術大学美術学部彫刻科卒、東京藝術大学大学院美術研究科保存修復技術彫刻専攻修了。株式会社京都科学、東京藝術大学講師を経て、現職。著書に『文化財保存学入門』、文化財修復に『福井県円立寺諸像』『東城寺蔵 一塔両尊像』『藻原寺蔵 伝日蓮聖人坐像』『代立寺蔵 日蓮聖人坐』『英国日蓮宗仏教会蔵 日蓮聖人坐像』『西法寺蔵 地蔵菩薩立像』『石馬寺蔵 閻魔王像および司録・司命像』など多数。

研究内容

仏像彫刻を主な対象とする修復活動と併行し、彫刻文化財修復の適正な在り方を模索する研究を進めています。日本において「文化財修復」の取り組みが始まってから、まだ100年を経過したばかりです。現在の修復のあり方が、「文化財修復」の理念に対してどの程度の整合性を持ち得ているのかということに関する検証作業も、まだ十分とはいえません。とくに日本における彫刻修復においては、対象となる「仏像」を主とする彫刻作品が概ね宗教を背景に成立しているという事情もあり、理念と措置の整合性を図る取り組みの進展において、他の分野にはない難しい状況があります。これらの諸問題について、問題の所在を明確にするための試みを続けています。そして、常に「理念」に立ち返りながら、それを各措置に落とし込むための模索をとおして、最終的には「彫刻文化財修復論」をまとめることを目指しています。

研究の魅力

「文化財修復」の場合、良心的に取り組もうとすればするほど、当該資料を評価する自分自身が、属している文化性の枠組みの中にいることに気づかされます。すなわち完全に公平なる評価など、厳密に言えばあり得ないのです。そのことを踏まえた上で、できる限り公平な評価と判断にたどり着くためには、自分自身の感性に対しても内省しつつ、それを俯瞰的視点で捉えるアプローチが重要となります。修復はこのように臨床的な取り組みであるが故に、人間と文化の関係性に対する認識を持つことが必須の要件になります。それはまた「文化」に対して、より適正かつ公平な「眼」を持つということでもあります。このような「眼」を持つための努力をとおして、普段は意識しにくい、人間にとっての「文化」の意味が照らし出されるように思います。

研究の未来

文化財の保存継承に関わる難しさの中で得られる「関係性」に対する再認識は、普段は無自覚な、自分の中に息づいている文化性を確認することに繋がります。それは、自分たちの中にある創造性—生きる力—に気づく契機となるでしょう。“文化”を捉え直す視点の中にこそ未来があります。その視点は、今の人間が進む方向がもし間違っていたら、それを修正する基点にもなるはずです。世界のグローバル化が進む中、これまでにない様々な課題を突きつけられている私たちが、この視座をもつことには重要な意味があると考えます。

興味を持たれた方へ

私たち人間は言葉による思考によって物事を理解していますが、それは、飛沫立つ波の表面を見て「海」を知っているつもりになることに過ぎません。人間が築いてきた“文化”を根底で支えているものは私たちの中にある「感触」です。これを言葉に定着させることはできませんが、感性の中で捉えることは可能です。当たり前に思っていることの中にある「感触」に眼を向けること。そのようなアプローチによって、世界の色彩はまったく違うものに見えてきます。それが「文化を考えること」の可能性です。

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