犯罪機会論と地域安全マップ

立正大学大学院文学研究科社会学専攻
立正大学文学部社会学科
小宮信夫教授

専攻は犯罪社会学。中央大学法学部卒、ケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科修了。法務省、国連アジア極東犯罪防止研修所、法務総合研究所勤務などを経て現職に。著書に『犯罪は「この場所」で起こる』(光文社新書)、『安全・安心の環境づくり』(ぎょうせい)など多数。

研究内容

犯罪の原因を究明することは困難であり、仮に原因を解明できても、それを除去することは一層困難である。1980年代の英米ではこのように認識されるようになり、「『犯罪原因論』から『犯罪機会論』へ」という、犯罪対策のパラダイム・シフト(発想の転換)が起こりました。犯罪の機会を与えないことによって、犯罪を未然に防ごうとする考え方です。英米では犯罪機会を減らす要素についての研究と実践が進み、それに基づき私が導き出したのが「犯罪抑止の3要素」です。

この中で場所に依存する領域性と監視性についての意識と能力を高めるのに有効な手法が、地域安全マップづくりです。地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を風景写真を使って解説した地図です。犯罪が起こりやすい場所は、領域性が低く監視性が低い場所、すなわち「誰もが入りやすく、誰からも見えにくい場所」です。このような視点から、地域社会を点検・診断し、犯罪に弱い場所を洗い出していくのです。

研究の魅力

地域安全マップづくりを体験すると、子どもたちはどのような場所で犯罪が起こりやすいのかを理解できるようになり、子どもたちの被害防止能力が向上します。より安全な道を選ぶようになり、危険な道を歩かざるを得ないときでも、友達と一緒に行動したり、いつもより注意深く行動することが期待できます。
また、子どもたちは、地域を探検し様々なことを発見すると、地域への関心が高まります。インタビューを通して住民と触れ合うことで、子どもたちは、地域には自分たちを守ってくれる大人が大勢いることに気づきます。こうして、地域への愛着を深めた子どもたちが、コミュニティのリーダーに成長していく姿を想像するのはとても楽しいものです。
また、地域住民も子どもたちの地域安全マップづくりを見かけたり、協力したりすることを通して、子どもを地域で守るという意識も高まります。

研究の未来

地域安全マップづくりは、子どもの被害防止能力の向上や犯罪が起こりにくい街づくりにとって、具体的で魅力的な手法です。しかし、正しい作り方に基づいて地域安全マップづくりが進んでいる地域は非常に少ないのが現状です。
最も深刻な失敗例は『不審者マップ』。つまり、不審者が出没した場所を表示した地図です。不審者マップは、不審者という人に注目した地図なので、検挙には役立つかもしれませんが、犯罪機会の減少にはつながりません。また、不審者かどうかの判断が主観的であるため、特定の人や集団を不審者扱いした差別的な地図になる危険性があります。
日本では、『犯罪原因論』の呪縛が相当に強いため、犯罪機会論に基づく地域安全マップが普及するにはまだまだ時間がかかるかもしれませんが、地方自治体や警察の担当者、あるいは、保護者の方々が正しいマップ作りを学べる機会を多く提供できたらと思っています。

興味を持たれた方へ

地域安全マップは、元々は大学生に犯罪機会論を実践させるための教材として考案したものです。2002年に広島県三原市での社会調査実習の授業が始まりなので、取り組み始めてからすでに10年ほどになります。しかし、地域安全マップの正しい作り方はまだ十分に広まっていません。全国各地で小学校でのマップ教室や大人向けの講習会などを実施しているので、興味を持たれた方は是非参加していただけたらと思います。
地域安全マップの普及活動では多くの学生たちが指導助手として手伝ってくれています。教える立場になることで、学生たちは専門知識を深め、人間的にも成長する姿を見せてくれます。NPO法人を立ち上げた卒業生もいて、教え子たちとの連携から、地域安全マップづくりが広がっていくのはうれしいことです。
初期の頃に地域安全マップを一緒に作った子どもは社会人や大学生になっている年齢なので、そろそろ一緒に普及活動をできる子も現れるかなと最近は期待しています。さらに、その子たちが今後の安全な街づくりを担ってくれればとも期待しています。

ページの先頭へ戻る