日蓮聖人御伝木版画
33.池上示舜 33/33 [翻刻]



  池上示舜

往昔釈尊ハ霊鷲山にて法華経を説き給ふこと
八年やかてその山より艮位に当れる東天竺倶尸那城
跋提河のほとりなる純陀か家にて入滅せられぬ。聖人も
身延山の艮なる武蔵の国池上右衛門大夫宗仲の家
にて涅槃を現し給はんとて身延をあとにして池上
に入り給ひぬ。臨終も近きにあるへしとて諸国の
法弟を集めて立正安国論の講説上足六老僧の選定
なとあり。ことし十三歳になれる経一麿を枕邊近く
召して帝都の弘通を命し給ひ大曼荼羅の前に
て静に御床に打臥してひたすらに入滅の期を待ち給ふ。
弘安五年十月十三日前栽の草むらにすたく虫の音は
咽ふかやうに長老日昭か打鳴らす臨終滅時の鐘の闇
は澄み渡りて香煙ゆるく立ちのほる間に嗚咽の聲
とゝもに御床をめくる門徒檀越の読誦する寿量品
の偈文時は刻々にせまりて辰の刻に聖人は笑ミを
含んて大涅槃に入り給ひぬ。折しも大地震動して
一山の桜花芳菲々と返り咲きせしと云ひ伝ふ。まこ
とや聖人の御姿は多事なる六十一年の清き
生涯を終へて人界をはなれ給ひしかとも其の精神
とその業績とは永遠不壊の力もて国土法界の
鎮護となり給へるこそまことに尊き極ミなれ。


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