日蓮聖人御伝木版画
32.霊山結縁 32/33 [翻刻]



  霊山結縁

身延の山に春去り秋来ること九たひ山中の便なき生活に
身金鐵にあらさる聖人はいたくも健康をそこなひ起居
ふるまひはか/\しからす。檀越法弟聞き伝へて心安からす
登山して動静を尋ね参らするもの相つけり。聖人は
池上宗仲の宅に赴いて養生せはやと仰せらるれは人々打案
して思ひ煩ひけれともさりとて御意にそむくもいかゝと先つ其
用意をそ計らひける波木井入道ハ栗毛の馬を進め次男彦次郎
実継を御伴として送り参らす。弘安五年九月八日午の刻過きに
住みなれし身延の山を發足あり。甲州より駿河路にかゝり晴
れ渡る秋の大空に霊究を現はせる玉芙蓉のふもとをめくり/\
て馬の蹄も軽く野越え山越え水を渉りて同し月の十八日旅程
恙なく武蔵の国千束の郷池上に着きて宗仲の邸に入り給ふ。
伝へ聞く釈尊は天竺の霊山にまし/\て法華経を説き給ふ
こと八年霊山より丑寅に当れる東天竺倶尸那城跋提河の
純陀か家に入滅し給へり。しかはあれと御墓は霊山に建てさ
せよとの仰せなりしとかや今日蓮も身延より艮位に当る
池上右衛大夫宗仲の家にて死ぬへきか。たとひいつくにて死す
ともおきつきをは身延山に建てさせ給へ。未来永劫まて心は
其山に留るへし。此法華経は三途の川にては船となり死出の
山にてハ太白牛車となり冥途にてハ灯となりて霊山へ参る
橋なり。霊山に参りて艮の渡殿にて尋ねさせ給へ。必ず待ち
奉るべし。但し各々方の信心に依るものなりとの御文は
まことに尊くもまた厳かなりき。


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