日蓮聖人御伝木版画
18.龍口法難 18/33 [翻刻]



  龍口法難

七里濱四十二町の演路を一行は肅然として
松明に行手を照らされなから巡りゆく馬上
に縛められたるは聖人前後を護れるは平左
衛門尉頼綱主従つき従へるは法弟檀越文永
八年九月十二日の月影はいるさの山に傾きて波打際
を洗ふ浪の音のミ■の如き沈黙を破る送葬曲に
似たり。龍の口の刑場に近つくころハ月黒く警めの
篝火の影のミ白し。涙とゝもに櫁きくとく法弟を顧
みて『不覚の殿原かなこれほとの徒をは笑へかし』と
聖人は泰然として首の座に就き静に誦経す太刀■
は依智三郎真重持ちたる太刀ハ蛇朋丸紫電一閃空
に閃かんとする彼時疾し此時遅し江の島の方より
月の如き光揚其形鞠の如く空を掠めて南より西南
に長飛す。太刀取眩惑して太刀打落し倒れ臥し警固
の兵士は惶てゝ一町ばかりも逃け退き或は馬上
より下りて平伏し或は鞍に蹲踞る『如何に殿原かかる
囚人を何とて捨て置いて遠退くそ近く打寄れ
やものとも』と聖人聲を励まして叱咜するも近寄
るものとてハなし『夜明けなは見苦し夜の明け
ぬ間に早う頸打てや』と再ひ大聲疾呼したるも
返す■さへになし。


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