日蓮聖人御伝木版画
19.宿屋土牢 19/33 [翻刻]



  宿屋土牢

「日蓮は明日佐渡の国に罷るなり。今夜の寒
きにつけても牢のうちのありさま思ひやられて
痛ましく候へ」師は関山幾重絶海の波涛を越
えて北偏の孤島に去らんとし、弟子ハ留りて肌寒
き土牢の裡に拘禁せらる。相見て別離の情を殺
つるを得す。魂は徒らに翔け廻りて空飛ふ鳥の
恨めしきそ無残なる頃は文永八年秋も老け
たる十月松葉ヶ谷の庵室に師の身を思ひ■ひ
て独り踏ミ留れる日朗は鎌倉よりの沙汰と
してとつと押寄せたる雑人原に庵室を打壊
られ聖人の餘類として縛しめられ宿屋光助の
預りとしてそこなる土の牢に投せられぬ。
喞々たる虫の音は糸よりも細く露気冷やか
なること水の如し。「牢をハ出てさせ給ひ候ハゝ
疾く/\来り給へ見奉り見え奉らん」師か弟子
を思ふの情は哀々切々師を慕ふ弟子の思は
凝りて夢とならんとして身に浸みる寒
さにふと吹き覚され片敷く袖に涙は
ほろ/\とこほれぬ。


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