自由に生きる、自立して生きる-西田幾多郎とショーペンハウアー

板橋勇仁准教授

立正大学大学院文学研究科哲学専攻
立正大学文学部哲学科
板橋勇仁准教授

専攻は近現代日本思想・哲学。上智大学文学部哲学科卒、同大学院哲学研究科哲学専攻博士後期課程修了。博士(哲学)。日本学術振興会特別研究員(PD)などを経て現職に。著書に『西田哲学の論理と方法-徹底的批評主義とは何か-』、『歴史的現実と西田哲学-絶対的論理主義とは何か-』、『ショーペンハウアー読本』(共編著)など多数。
【新刊】底無き意志の系譜:ショーペンハウアーと意志の否定の思想

研究内容

学生の頃から西田幾多郎の哲学に取り組む中で、西田幾多郎がカントなどのドイツ哲学の影響を受けていることから、18世紀以降のドイツの哲学者に研究対象を広げていきました。その過程でショーペンハウアーに出会ったのですが、ショーペンハウアーの哲学はとても新鮮で、自分の先入観が外れる感じがしました。両者に共通するのが、目的論的世界観の否定です。人が生きることには、あるいはそもそも世界が存在することには、目的があるという考え方を否定するのです。ショーペンハウアーは「生の意志の否定」と表現し、西田幾多郎は「自己(自我)の否定」と言っています。一般的には、「生きることには目的がある。目的を達成しないと無駄になる」という主張も多いかと思います。しかし、そのような考え方だけでは、人が生きる上ではとても窮屈だと私は思っています。

では、目的論的世界観の否定の後では、この現実の人生はどうなるのでしょうか。生きることに目的がないとすると、人生はただ虚しいものになるでしょうか。そうではないと、西田とショーペンハウアーは考えていると思います。むしろ目的のリアリティーが変容すると考えています。それはどのようなことでしょうか。そうなった時に現れてくる世界や我々の人生には、どのような「すじみち」(論理)が見出されるでしょうか。こうした問題を念頭に置きながら、二人が展開する様々な思考に「哲学」「論理」を見出しつつ、東洋的な伝統や仏教思想などの特定の立場を前提にせず、主に超越論哲学の方法によってアプローチしていく試みを続けています。

なお、2013年には、立正大学にて、7月に西田哲学会の全国大会、11月には日本ショーペンハウアー協会の全国大会(日本シェリング協会との共催シンポジウム)を、ともに板橋研究室が担当となって開催させていただきました。また現在、私は日本ショーペンハウアー協会事務局の責任役員も務めています。学会活動においても学界に貢献していきたいと思います。

研究の魅力

哲学では、当たり前に思っていることを徹底的に考え直します。そうすることで、自分がいつの間にか作ってしまっている固定概念や先入観などの枠組みを取り外し、これまで自分を縛っていたものから「自由になる」、「自立する」ことができると考えます。しかし、固定概念や先入観などの枠組みは、自分の力だけでは取り外すことがとても難しいので、その取り組みを徹底した先人に取り外してもらうことが有力な方法になります。その過程では、先人が伝えようとしている本質を理解しようとすることがとても重要です。自分勝手に解釈しているうちは、まだまだ自分の枠組みを取り外せていません。難解だったり、自分の考え方と異なっていたり、なかなか理解できないこともあるかもしれません。でも、一生懸命に喰らい付いて本質を理解していく中で、自分の枠組みが外れていき、成長を実感することができると思います。

とりわけ、西田とショーペンハウアーの思想は、西田は西洋哲学、ショーペンハウアーは仏教思想、とそれぞれが自分と異なる伝統の思想を積極的に摂取した成果であり、それ自身がすばらしい実例です。自分の文化的な先入観をも外して世界市民として生きることが求められる現代において、一人ひとりが自由に、自立して生きることを可能にしてくれる、まさに「生きた思想」だと思います。

研究の未来

問題を設定したときには、先入観が入ってしまっていることが多くあります。例えば、「どうしたら自分らしく生きられるのか」と考えた場合、そもそも「自分らしさ」を求めることが適切なことなのかが疑問になっていません。問題のテーマを設定することは必要ですが、哲学の場合は、問題の出所それ自身への考察が根本にあります。
例えば、ショーペンハウアー哲学の場合だと、「あらゆる意欲(意志)を否定し、沈静化することが重要」だと彼は説いていると、多くの研究者は考えています。しかし、「否定しようと意欲してはいけないのではないか」という反論があり、こうした否定がどのように可能なのかという問題について議論が長く続いています。

私はこの問題に答えはないと考えています。むしろ、これは問題のテーマ設定が間違っていると思っています。ショーペンハウアー哲学は厭世主義だという先入観からこのような論争になっていると思いますが、もう一度彼の思想をよく理解し、問題それ自体を疑い直すべきだと思います。なお、彼の哲学は超越論的な「哲学の方法」によって構成されており、その学問性をよく理解すれば、厭世主義とは決して結びつかないと思います。詳細は拙著『ショーペンハウアー読本』にまとめておりますので、ご一読いただければご理解いただけると思います。

西田哲学にも、まだいろいろな誤解や偏見がつきまとっていると思います。西田哲学の「学問」的・「論理」的な「方法」を理解することが、彼の思想をより世界的な思想へと開くことになると思います。

興味を持たれた方へ

哲学は、学問としての側面と自らの現実の人生を模索するという側面が強く結びついています。例えば問題のテーマ自体への考察は、「自分は実は何をしたいのか」をじっくり考えていくことでもあると思います。哲学を学ぶことで、固定概念や先入観の枠組みを取り外し、自由で自立した人間として、「生涯を通して何に取り組みたいのか」、「人生で何を深めたいのか」、そして「生きるとはどのようなことなのか」を直截に見つめることができると思います。

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