Vol.1 文学部史学科 森田直子講師

感情の共同体?-ドイツ近現代史への新たな視座

文学部史学科 講師 森田 直子
専門分野:西洋近代史

メディアに露出する政治家は、熱い言葉と共に政策を訴え、批判や攻撃に対し冷静に対処する。政治活動に限られたことではなく、現代社会の中で「感情(情動)」と向き合い、制御し、状況に応じ「正しく」表現することは、社会活動をより生産的なものへ導く重要な要素であるといえます。

こうした「感情」の重要性に対して歴史学はどのように取り組んできたのでしょうか。ドイツ近現代という激動の時代を事例研究の場として、「感情」が持つ社会構成機能について明らかにすることを目指します。

この科研費の研究課題について分かりやすく教えて下さい。

 歴史研究というと、民族の大移動、革命、大戦などの「一度きり」の大きな出来事が、なぜ起きたのか、起きたことによる影響はどのようなことか研究するものと考えられがちです。
 一方で、このような大きな出来事に対して、人間個人の「感情」の影響力はあまりにも小さいものであるように思えますし、例えば、「悲しい」という感情は、いつの時代もどんな地域でも大差がないように思われます。
 しかし、事件や出来事を起こしているのは「感情」をもった個人の集まりであるわけですし、実は、「悲しい」という感情の表出も、目をこらすと文化によって差異が見られます。
 歴史とは人間の考え、思想が織りなす物であり、「感情」の影響力は小さなものではないと考えられます。また、逆に、歴史による「感情」への影響も見られるのです。
 この科研は、こうした「感情」が持つ、社会への影響力、歴史を作る力と、歴史が「感情」を作る力、その相互作用について明らかにしようと始まった研究です。私も含め、近現代ドイツ史の研究者8人による研究グループで取り組んでいます。
 

近現代ドイツというとナチズムのイメージが強いのですが?

 この研究グループには、特にナチズムについて専門に取り組んでいる研究者も参加しています。ユダヤ人に対する嫌悪感と暴力的な体制とを関連させることもできるかもしれませんが、ナチ時代でも人々は憎しみや苦しみだけを感じて生きていたわけではありません。厳しい時代状況の中でも、心地よく日々を過ごしていた人々も少なからずいました。独裁体制がどのような「感情」から生まれたのか、独裁体制が人々の「感情」をどう形成していったのか、感情史研究に取組むのには適した時代だと思います。
 しかし、20世紀だけを取り上げるのではなく、19世紀にはドイツ帝国の成立、またそこに至るまでの流れがあり、この流れ全体をターゲットとすることで、感情の移り変わりと歴史形成の関係を解明できると考えています。私自身、とくにドイツ帝国成立以前の市民層の「感情」に興味があるのですが、例えば、彼らが属す都市共同体に抱いた、あるいは抱かなかった、忠誠の感情と国家統一の動きの関係を考えてみたいと思っています。

普段の授業ではどのようなことを講義していますか?

 今年度は西洋の決闘の歴史について講義をしています。Ⅰ期では決闘の方法、種類について小説や映画を利用しつつ、なぜ決闘という暴力が長期にわたって存続しえたのか解説しています。Ⅱ期では19世紀ドイツに焦点をあて、当時、市民層以上の人々の集まりであった大学でも、頻繁に学生同士の決闘が起きていたのですが、具体的な事例を取り上げ、そこにどのような「感情」が生まれていたのか、それらが戦争や革命といった出来事とどのように関係しているのか、ということについて講義をする予定です。

現在の科研費課題に加えて、今後新たに立ち上げ、取り組みたい研究はありますか?

 この感情史研究の進展によって、「感情」に着目して歴史にアプローチするという手法の意義が明らかになるのではないかと思います。そうなると近現代ドイツに限らず、日本も含めた他の国の歴史研究とも交流できるのではないでしょうか。果し合いや仇討ちといった、感情のぶつかり合い、暴力を振いあうというのが、当たり前のように行われていた時代の日本を研究している方との共同研究というのも面白いかもしれませんね。

もし公開講座を担当するとしたら、どのような講義をしていただけますか?

 オファーがあれば、大学で講義をしている決闘について、もしくは19世紀のドイツの都市史、特に市民層とそれ以外の人々がどのように関わりを持っていたか、また、素材は専門外ではあるのですが、共訳したドイツの反原発運動の歴史(ヨアヒム・ラートカウ著『ドイツ反原発運動小史』みすず書房、2012年)をもとに、市民の役割の歴史や、歴史を学ぶ「意義」というのも伝えられればと思います。ドイツ史というと、興味を持って勉強にも積極的な方が多いので、そういった方にも楽しんでいただけるような、新しい発見をお持ち帰りいただけるような講義をしたいですね。