モラりすレポート

vol.17 近代文学研究で人と社会をケア

2012/05/11

近代文学作品を緻密に読み解き、当時の人々の感じ方・考え方を知り
現代に生きる私たちについて思考する。

生方智子 准教授

文学部 文学科 日本語日本文学専攻コース
生方智子 准教授

東京都生まれ。成城大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専攻は日本近代・現代文学。著書に『精神分析以前~無意識の日本近代文学』(翰林書房)、分担執筆に『少女少年のポリティクス』(青弓社)、論文に「表象する青年たち~『三四郎』『青年』」(「日本近代文学」第71集)、「「記憶」の想起という問題」(「日本文学」2005年4月号)、「「探偵小説」以前」(「日本近代文学」第74集)などがある。

少し前の時代を生きた作家が残した文学作品から、
私たちは何を学べるでしょうか?

私たちは小説などを読むときに、話の筋を追ってときに感情移入しながらその世界観を楽しみますが、
文学研究は、作品を“緻密に読み”ながら分析していく非常に興味深い研究領域です。
“緻密に読む”とは、小説という“装置”を解体するようなものであり、そうすることで、作品に描かれているものがあぶり出され、時代背景や人々の生き方、社会の問題などが表出します。
夏目漱石や谷崎潤一郎など近代文学作品を研究し、近代の人々の感じ方や考え方を探りながら、いまを生きる私たちを考える…。
生方准教授のご専門についてお話を伺いました。

生方准教授にお聞きしました!近代文学の分析で見えてくることは?

Q1. 近代文学で「恋愛」はどのように描かれましたか?

A.夏目漱石の大正初期の作品『こころ』では、“先生”“友人K”“お嬢さん”の三人、武者小路実篤の『友情』では、“主人公 野島”“野島の友人 大宮”“野島の友人の妹”の三人の恋が描かれます。これらに代表されるように、近代文学作品の中で描かれる恋は、男二人と女一人の三角関係というパターンが多く見られます。そして『こころ』の中で“先生”が「恋は罪悪ですよ」と言うように、恋とは、男同士の親密な友情を切り裂き、壊すものである、というスタンスで描かれている作品が多いことがひとつの特徴であると言えます。

Q2. Q1のような作品が書かれた当時の時代背景は?

A.男女の関係において、愛・性・結婚を一致させるべきと唱える「ロマンティック・ラブ」という思想が、西洋から日本に入って来たのは明治20~30年頃で、これが日本における「近代の恋愛」の誕生であると考えられています。これは当時の日本人にとって、それまでの概念とは違う新しい考え方であり、文学の世界では、恋愛は“楽しいもの”ではなく“難しいもの”として扱われました。また、当時の学校制度上、高校~大学の年頃の男性同士が固い友情で結ばれ、その関係を非常に大切にしていたことも、Q1で挙げたような作品が生まれるひとつの背景であったと考えられます。現実にも、谷崎潤一郎とその友人佐藤春夫の間では、谷崎の妻との三角関係の果てに、妻が谷崎と離縁して佐藤と再婚する「妻譲渡事件」も起きています。

Q3. 近代文学の研究をご専門とされたきっかけは?

A.私が大学生当時、日本近代文学研究に活気があり、それまでの“作家・作品論”だけではなく、さまざまな観点からのアプローチで、多様な解釈を行う研究が盛んになったことに面白味を感じたのが始まりです。近代文学を代表する作家・夏目漱石は、初期三部作と呼ばれる『三四郎』『それから』『門』に始まり多くの作品を残しましたが、一つひとつの作品をまったく違う方法論で書いた作家であり、中でも未完となった『明暗』は、さまざまな登場人物が見た世界が並列で描かれるという実験的な作品です。こういった作品を緻密に読み解き分析することで、そこに描かれているものをあぶり出す研究に魅力を感じ、現在の専門に進むことになりました。

Q4. 現在、ご研究の題材について教えてください。

A.主に谷崎潤一郎の作品を読み解いています。谷崎は、大正~昭和にかけて書かれた『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』などが評価されていますが、明治の終わり頃の短編『刺青』『秘密』なども興味深く、谷崎入門として読みやすい作品です。『刺青』は、主人公の彫り師・清吉が、理想とする美しい娘に自らの魂を注ぐように刺青を入れる“宿願”を果たし、娘は背中に女郎蜘蛛を彫られ“女”になることで、それぞれ内に秘めたものを顕在化させるという物語。一方『秘密』は、主人公の男が、自分を知る人間のいないある街に隠れ家を持ち、女装をしておしろいを塗り女の姿になって街に出て秘密を楽しむといった、現代的な感覚を扱った作品で、いずれも谷崎の「自己愛」の強い一面が垣間見える短編です。

京都・さくら井屋の絵封筒谷崎作品『卍』の文中に登場する京都・さくら井屋の絵封筒 そこに描かれている叙情的な絵は、谷崎作品に登場する女性の悲しみや悩みを想像させる

Q5. 今後、研究してみたい題材は?

A.萩尾望都や大島弓子といった少女漫画家は、近代文学の影響を強く受けている作家で、例えば萩尾の代表作『トーマの心臓』は、夏目漱石の『こころ』と大変類似しています。このように、男性作家による近代文学作品を読んだ、現代の女性漫画家の作品に興味があります。これまでもいくつかの論文にまとめましたが、より深く追究していきたいと考えています。その先に、現代の女性作家による作品にも焦点を当ててみたいと思います。特に、作品を読み解く際にキーワードとしている“ジェンダー”“身体”“食べること”などが表象されている『妊娠カレンダー』を書いた小川洋子に注目しています。

著書『精神分析以前~無意識の日本近代文学』著書『精神分析以前~無意識の日本近代文学』

分担執筆『少女少年のポリティクス』分担執筆『少女少年のポリティクス』

Q6.近代文学を読み解く、学生の皆さんの学びとは?

A.作品を緻密に読み、そこに描かれているものをあぶり出すことによって、時代の背景や人々の生き方を探りながら、いまを生きる私たちについて考えてもらいたいです。特に近代の人々の感じ方や考え方は、私たちの感覚を創り上げた基盤になっているので、近代を知ることは、現代を知ること、自分を知ることにつながるでしょう。授業やゼミでは、各自が作品を読み解き、発表、議論を行いますが、自分とは違う作品の捉え方などに触れ、学生は皆、楽しみながら取り組んでいます。また卒業論文を通して、自分の考えを他者に伝えられるよう、きちんと言語化する技術を修得してほしいと考えています。“伝わるように語る”ことで自分の考えを相対化でき、自分のことがよく分かり、相手を知ることもできるのではないでしょうか。

ゼミ生の集合写真(最前列中央が生方先生)ゼミ生の集合写真(最前列中央が生方先生)

作品について意見を交わす発表・議論風景作品について意見を交わす発表・議論風景

Q7.立正大学が提唱する「ケアロジー(ケア学)」とご専門分野の関連は?

A.いつの時代も文学作品には、さまざまな形で、社会や人間関係の中で生じる傷みや病んだ部分が描かれます。それらの作品に、主に“ジェンダー”“身体”“セクシュアリティ”といった観点をキーワードとしてアプローチし、社会の一面を表出させて語ること、言語化することは、社会や人間関係の傷みを修復する「ケアロジー」につながると考えています。

 

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