モラりすレポート

vol.12 古代哲学から学ぶ「愛」で人と社会をケア

2011/08/19

古代ギリシア哲学・倫理学を専門とし、
女性ならではの感性や視点で哲学を学ぶ意義や楽しさを語る。

文学部 哲学科 田坂さつき 准教授

文学部 哲学科
田坂さつき 准教授

千葉大学人文学部人文学科哲学専攻卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了後、同博士課程満期退学。湘南工科大学工学部総合文化教育センター准教授を経て、2007年より現職に。博士(文学)。専門は古代ギリシア哲学・倫理学。著書に『『テアイテトス』研究~対象認知における「ことば」と「思いなし」の構造~』(知泉書館)、『ボランティア教育の新地平~サービスラーニングの原理と実践~』第10章(ミネルヴァ書房)などがある。

“人はなぜ生まれ、なぜいなくなるのか?
本当の愛とは? 真理とは? 生きる意味とは?”など
思いをめぐらせた経験はありませんか?

きっと誰でも一度は、考えに耽ったことがあるでしょう。
その結果、皆それぞれの人生観を持って生きていると思います。
古代哲学者たちも同様に、深遠なるこれらの問いの答えを様々な形で探究し続けていました。
つまり私たち人間は、古代から現代に至るまでずっと、「哲学」と深くふれ合ってきたのです。
しかし、そもそも「哲学」とは、どんなものなのでしょうか?
どのように形づくられ、どのように伝えられてきたのでしょうか?
「古代哲学を紐解くと、2000年以上も前の時代に生きた人々の思想が
現代にも通ずるものだと分かります」と語る田坂准教授に
哲学を学ぶ楽しさや、女性が哲学を学ぶ意味などについてお話を伺いました。

田坂准教授にお聞きしました!哲学とは? 哲学から学ぶこととは?

Q1. 一般的に難解なイメージがありますが、「哲学」とは何ですか?

A.「哲学」は英語で「philosophy」であり、その語源は、ギリシア語で「愛する」という意味の「phileo」と、「知恵」を意味する「sophia」が合成された「philosophia」です。つまり「知恵を愛する」という意味を持つ言葉です。私たち人間は、いつの時代も変わらず“未知のことを知りたい、学びたい”という純粋な知識欲を持っているのでしょう。しかしソクラテスは、善や美について、本当のところは分かっていない、ということに気づき、それを求めることが大切だと言います。そして、「汝自身を知れ」という言葉を掲げ、自分自身の魂を配慮して真実を求め続けることを説きました。そしてそのソクラテスに心を動かされたプラトンは、正義とは何か、知識とは何か、恋とは何か、友情とは何か、といったテーマについて、ソクラテスとの対話を書物としてまとめました。これらを学問体系として整理して、形而上学、自然学、家政学、政治学などに分類したのがアリストテレスです。

Q2. 古代哲学者たちの「愛」や「幸福」についての思想は?

A.プラトンの著作『饗宴』では、ソクラテスが招かれた祝宴での対話という設定で、当時の知識人が「愛」を讃えるスピーチをします。この中で、アリストファネスという喜劇作家が、次のような話をします。「人は昔、2人の人間が背中合わせでくっついていて、目も手足も4つずつあったため、視界が広くどこにでも行けた。これを煩わしく思った神様が2人を切り離してしまったので、それ以来人は皆、切り離された相方を求めて生きている」と言うのです。当時は、教養のある壮年男性と美しい青年との恋愛が多くありました。前者は肉体的な美を持つ相手、後者は精神的な美や知恵を持つ相手を求めたのですが、これも欠けている美しいものを求めることと言えます。そして『饗宴』の最後では、自分に欠けている知恵、善そのものを求め続けることこそ、本来の恋のかたちだ、というディオティマという女性の説が紹介されるのです。本来の恋とは、知恵を愛する哲学の営みでもあるのです。これこそ、知恵への愛、哲学に通じるのです。またアリストテレスは『ニコマコス倫理学』の中で、愛の形を「善き人それ自身ゆえに愛する」「快適さや快楽を与えてくれるから愛する」「利益を与えてくれるから愛する」の3つに分類しています。そして後者の2つは、相手の存在そのものではなく、付帯しているものを愛しているのであって、相手が自分にとって快適でもなく有用でもなくなれば愛も解消するとし、永く続く愛の形は、お互いに、善き相手それ自体にゆえに愛し、その人の幸福をその人のために願える、相互関係のことだと言います。さらにアリストテレスは、生きる目的は幸福になることである、とも言っています。これらの思想や語られた言葉は、決して2000年前の骨とう品ではありません。現代にも通ずるものであり、また古代の言葉はとても豊かで美しく、私たちが愛や幸福、人生の意味について考えるヒントを与えてくれます。

Q3. 哲学を学ぶ楽しさはどのようなことですか?

A.某カルチャーセンターで、古代ギリシア語の講座を担当していたことがあります。10年以上続けたので、OLやシルバーエイジの方々、雑誌の編集者やコラムニスト、ビジネスマンや医者など、それぞれの分野で活躍されている受講者との出会いがありました。文字通り老若男女、職業も多種多様でしたが、忙しい皆さんが熱心にギリシア語を学ばれることを不思議に思い、ある人に尋ねたことがあります。すると「進学や試験のため、資格を身につけるため、昇進するため、お金儲けのためなど、何らかの成果を求めて勉強することが多いけれど、何の役に立ちそうもないことを勉強することは最高の贅沢」とおっしゃいました。哲学を学ぶことも同じで、まさに「知恵を愛する」ことであり、純粋に何かを学び探究する楽しさではないでしょうか。また、古代には印刷技術はもちろん紙もなかったので、羊の皮をなめし、そこに文字を彫り込んだものが書物でした。そして哲学書は法律や教典と並ぶ貴重品とされていたので、命よりも大切なものとして戦火や災害から守られ、手作業で書き写されながら現代まで残されてきたのです。それを手にするとき、私たちは居ながらにして2000年以上も前の時代とつながることができ、その間に携わった多くの人々と邂逅することができます。このようなロマンも、古典を学ぶ魅力のひとつだと思います。

Q4. 女性が哲学を学ぶことについてのお考えは?

A.日本もかつては、女性の学者や研究者は、結婚もせず子供も産まないと覚悟しないと、学問の世界に入れなかったようです。しかし、私の場合は、家族をはじめ、沢山の方に支えられて、幸いにもそういったことをあまり意識せず、仕事をしながら3人の子供を産み、子育てをし、親の介護も経験しました。忙しくていろいろ大変なこともありましたが、自分の中に命が宿り、その命が世の中に出てきて少しずつ言葉を覚え、様々な物や事にふれながら善悪を学んでいく過程に携わることは、何にも代えがたい貴重な経験でした。育児をする中で、哲学の学びからヒントを得たこともあり、親の介護にしても、哲学を学んでいたからこそ、気丈に乗り越えられたと思っています。反対に、育児や介護など人の命に直接的に関わる経験が、私の哲学には大きく影響しています。私だけでなく、こういった経験を重ねた女性が哲学を学ぶことは、個人的にも社会的にも意味のあることだと考えています。また、学びの場に参加することで、学問を中心に集まる人々との出会いもあります。これから社会で活躍する女性たちにも、多くの人と出会い、女性としての経験を重ねながら、学ぶ楽しさを知ってほしいと思います。

Q5. ご研究対象であるプラトンはどのような哲学者ですか?

A.プラトンは、Q1.でふれたようにソクラテスの弟子であり、哲学を学ぶための学校「アカデメイア」を設立した人物です。ちなみに同じく先に少しふれたアリストテレスは、プラトンが60歳の頃、この学校で学んだ弟子のひとりです。プラトンの生家はアテネの名士で、政治家一家だったため、生まれ持って政治家として生きる道が敷かれていました。しかし師であるソクラテスが処刑されたあと、アテネ社会に対する希望を失い、哲学の道に傾注していきます。プラトンは、Q2.でふれた『饗宴』など、ソクラテスを主要人物にした対話で展開する「対話篇」と呼ばれる多くの書物を残しています。つまり一人称ではなく、登場人物に語らせているわけですが、プラトンが自らを隠す形で書かれたそれら書物をもとに、プラトン自身がどのような哲学思想を持っていたか、今でも世界中で研究されています。

Q6.立正大学・哲学科の学生は、どのように哲学を学んでいますか?

A.Q3.でもお話した通り、哲学は即、何かの役に立つ実践的な学問とは言えませんし、取り立てて就職が有利になるという学問でもありませんが、学生たちは皆、とても熱心に勉強しています。哲学の魅力に惹かれ、哲学を学びたい、もっと知りたいという純粋な情熱があるからでしょう。哲学を学ぶうえで、哲学者が残した書物は原文で読むのが一番楽しく、より深く理解することができますが、ギリシア語はとても複雑で難しい言語です。にもかかわらず、原文を読みたい一心で、ギリシア語を学びたいという学生が多いこともうれしい驚きでした。ただ、原文を読む力をつけるには、学部の授業だけでは追いつきません。そこで院生と学部生の共同ゼミというスタイルで勉強会も行っています。ここでは、前述したプラトンの『饗宴』を読み解いていますが、学生たちは皆、毎回きちんとノートにテキストを写し、自分なりに翻訳する予習をしてゼミに臨んでいます。

院生と学部生との共同ゼミ院生と学部生との共同ゼミ

ゼミのテキストとして使用しているプラトンの関連資料ゼミのテキストとして使用しているプラトンの関連資料

2010年、慶應義塾大学においてアジアで初の国際プラトン学会が開催されました。このときの会長の1人は大学院の私の恩師だったため、私も学会の準備を手伝い、ゼミの学生たちもスタッフとして大いに活躍してくれました。これがきっかけとなり、現在、慶應義塾大学では、立正大学をはじめ他大学の学生との共同ゼミを行っています。本ゼミの学生たちは、ここでも自ら訳の発表をするなど、積極的かつ熱心に取り組んでいます。

アジア初の国際プラトン学会のレポートアジア初の国際プラトン学会のレポート

国際プラトン学会で在学生はスタッフとして活躍国際プラトン学会で在学生はスタッフとして活躍

Q7. 立正大学が提唱する「ケアロジー(ケア学)」とご専門分野の関連は?

A.古代から近代に至るまで、多くの哲学者が「愛」について思索しています。「愛」は人間の生にとって、永遠のテーマではないでしょうか。これは単に異性間の愛だけではなく、親子、兄弟、友人、雇主と従業員などの主従関係も含めた、様々な人間関係に通ずるものなのです。近年、人と人との関わりをめぐる問題や、人間関係のこじれが原因の痛ましい事件なども数多く起きていますが、長く語り継がれてきた先人の知に学んで、互いに愛し合い支え合う人間関係の原点を探ることは、現代社会に必要なことであり、ケアロジーにも結びつくのではないかと思います。

 

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