モラりすレポート

vol.5 環境と経済を対比することで社会をケア

2010/09/17

人間の営みと、環境や経済との関わりを
歴史的な視点から見つめる。

立正大学 経済学部 経済学科 元木 靖 教授

立正大学 経済学部 経済学科
元木 靖 教授

東北大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士課程満期退学。博士(理学)。埼玉大学教養学部教授を経て、2007年より現職。国立環境研究所客員研究員。開発地理学、地域環境学、日本と中国を主としたアジアの地域研究を専門とし、現在は特に「アジアの持続的土地利用形成に向けて」、「長江デルタの農業構造転換と陸域負荷構造の変化に関する研究」に取り組んでいる。

経済活動は大切なことですが、
今の時代は環境という大きな枠組みの中にあるものと認識し、
その意味を歴史から学ぶことが必要なのだと思います。

近代日本のめまぐるしい経済発展の中で、
私たちは多くの物を手に入れ、そして失ってきました。
今、山積している環境問題を解決するには
やみくもに知識ばかりを詰め込もうとするのではなく、
まずは社会の歴史を学び、環境の変化を知り、
人間の営みの移り変わりを見すえることによって、
一人ひとりが自ら考える力をつけることが必要ではないでしょうか。
クリやイネなどの作物と人間との関わりを研究し、
その歴史から経済を見つめる元木教授にお話を伺います。

元木教授にお聞きしました!環境と経済の関わりとは?

Q1. なぜ「クリ」を研究素材に選んだのですか?

A. 経済の根本は“人間が生きるための食料を獲得する活動”という考え方があります。日本人にとって、コメがその食料の最たるものですが、稲作が日本に入ってくるもっと前からクリは日本人の重要な食料だったという点に、強い関心を持ちました。また、クリはナシやリンゴなどに比べると収益性の少ない作物ですが、日本の秋の味覚として定着しており、そういった点にも興味がありました。個人的な興味として、私の出身地である茨城県・千代田町(現・かすみがうら市)が日本一のクリの産地であったことも、ひとつのきっかけでした。

Q2. 日本人と「クリ」との関わりは?

A.日本では、シバグリ(山ぐり)が、北海道~九州に至る広い範囲に自生し、縄文時代以来「半栽培」のような形で、貴重な食料あるいは救荒作物として利用されてきました。それが明治以降になると、商品作物としての需要に合わせて各地で「栽培ぐり」として栽培され始めました。その中の代表的なものが丹波栗です。ただ近年、皆さんもよくご存じの中国の天津甘栗や、韓国のクリが輸入されていることなどから、丹波系クリの国内生産が影響を受け、経済的な問題も生まれています。しかし、経済成長期に入る直前頃までクリは、食用以外に材としても、港の桟橋や鉄道の枕木などじつに多方面に使われていました。日本の経済が変わっていく歴史の中で、クリはさまざまなところで日本人と関わっていたのです。

「クリ」と「人」との関わり「クリ」と「人」との関わり

丹波栗丹波栗

Q3. 「クリ菓子産業」の研究についてお聞かせください。

A.和グリの需要減少などの問題がある中、長野県・小布施町の栗鹿の子や岐阜県・中津川市の栗きんとんなどは、クリの自然な甘みを生かした高級菓子として全国的に人気があります。これを、クリの消費の発展形態における最先端の例としてとらえ、クリ菓子産業を「立地」という側面から検討する目的で、小布施町と中津川市のクリ菓子メーカーのある地域や製品の種類、発展の経緯などを調べました。その結果、クリ菓子生産は、19世紀初め、古くからのクリの産地で、かつ宿場や市が開かれ交通の要衝地であった両地域で芽生え、明治以降の近代化の過程で商品開発が進み、さらに昭和の経済成長期以降に急速に発展したことが見えてきました。現在では、両地域のメーカーが先導する新商品の開発や、東京や名古屋の後背地としての観光地化の進展、交通や情報の発展による販売地域の拡大など、今日の日本の経済環境の変化と連動して、持続的に発展してきたことが明らかになりました。

栗鹿の子ようかん(小布施町)栗鹿の子ようかん(小布施町)

栗きんとん(中津川市)栗きんとん(中津川市)

Q4. クリと経済との関係は?

A.和グリの需要減少については、先にお話ししたように、中国や韓国からクリが輸入されるようになったことにも関係しますが、そもそもクリは収穫に手がかかり、季節も限定されて効率が悪いことから作り手も減り、また、クリを食べる習慣自体が少なくなってきたことなどもその要因として考えられます。その一方、贈答品としての需要が大きい高級和菓子の販売においては、クリの「いが」を一緒にパッケージして季節感を醸し出す演出をするなど、人々の暮らしの中で関わりを持ち続けています。こういった、クリの需要の変化をたどっていくと、作物のひとつにすぎないクリの中にも、社会の変質や、人間の経済活動の変化などを見ることができるわけです。

Q5. クリ以外に人間の経済活動と長く関わりのある作物は?

A.「ハス(レンコン)」がそうです。「ハス」は中国の長江流域の環境史を調べる中で見えてきたことなのですが、長江の中流域では、イネが栽培され始めたのは約1万年前といわれています。ただ、当時の人々はイネだけで経済生活を行っていたのではなく、同じ水生植物であるヒシやレンコンも、イネに並ぶ重要な作物だったという説をとなえている研究者がいます。特にレンコンが重用されていて、これが日本にも伝わったわけですが、正月や仏事にレンコンを食べる地域があることや、ハスの花が仏像の台座になっていることなどをみると、クリとはまた違った意味で、「ハス」は人の生活と深い関わりがあったようですね。現在も地方では、お盆前にレンコンの出荷が増えるそうですが、経済の根本には人間と自然との関係があり、その結びつきを利用する形で経済が動いているひとつの例といえるのではないでしょうか。

Q6.環境と経済の関係についてお聞かせください。

A.学説史的なことはさておき、印象的なことについて述べてみましょう。まず、近年「循環経済」や「環境経済」という言葉がひとり歩きしてしまっている感がありますが、こういった言葉で、環境問題を経済の枠組みの中に取り込んでしまい、理論(的関心)だけを先行させてしまう風潮には少し疑問を感じています。また、地球環境問題といっても、いきなりCO2削減の問題から論じるのではなく、なぜそうした問題が発生してきたのか、身近なところから、もっと深く考えてみる必要があるように思います。
なぜかといいますと、現代の社会は、深刻な環境問題を生み出してきた経済システムあるいは居住のシステムを根本的に反省するというよりは、そのシステムのもとでのゴミ拾い(後追い的対策)に終始しているように、私には思えます。経済活動の変化と環境問題とを対比させて考えてみたとき、今問われていることは、今日の経済が残したゴミ拾いだけではなく、真の意味の環境づくりということではないでしょうか。その意味で、私は、誰にも関わってくる、食(の経済)にまつわる環境がどのように変わってきたか、振り返ってみることに興味を持っています。

Q7. 環境と経済を学ぶうえで大切なことは?

A.「花信風」という言葉をご存じでしょうか? 花信風は、一年・二十四節季の小寒から穀雨までの八季について、一季を三侯に分け、各侯に特異の花木を配したものです。太陽との位置関係によって変化する季節の移り変わりを、植物を介して捉えるために中国で考案され、日本にも伝えられ、利用されてきました。昔の人が農業活動を行ううえで環境にいかに調和するかは大きな問題であり、その解決のために生まれた知恵の結晶といえましょう。日本の農村では、もっと一般的には、家のまわりに四季折々の草木を植え、生活を楽しみ、その変化の様子から種まきなどの時期を知り、暮らしに役立てていたようですね。このように、古来より人間と自然は深いところで結びつき、関わり合ってきました。そのつながりを具体的にじっくりと見つめ、検証することが大切なのだと思います。人間の暮らしは近代化の過程で便利さを求めつづけて劇的に変化してきました。しかしながら、経済活動の発展も度が過ぎると、人間同士の関係や自然との関係が希薄になり、一方でさまざまな弊害が生まれてしまうことは、近年に起こったさまざまな事件や事故が証明しています。経済活動はもちろん大切ですが、あくまでも環境という大きな枠の中にあるものと位置づけ、その関わりを歴史から学び、グローバル経済時代の将来のあり方を考えることが必要なのではないでしょうか。

二十四番花信風 二十四番花信風

Q8. 立正大学が提唱する「ケアロジー(ケア学)」と、環境と経済の関係は?

A.歴史から学ぶ重要性を抽象論で終わらせないためにも、私はクリやイネと人間の関わりの変遷を調べていますが、ケアロジーにも同様なことがいえるのではないかと思います。目の前にある社会の問題をケアしよう、諸問題にすぐに役立つ知識を身につけよう、ということだけではなく、まずは歴史に学び、環境の変化を知り、人間の活動の移り変わりを見すえることによって、自ら環境と経済の関係について考える力をつけることが大切です。一人ひとりが「効率や利便性をどこまで求めるのが望ましいことなのか?」経済の発展という物差しに対置させて、もう一つ環境に対する物差しを確保し、人間と自然とのバランスを保つための知恵を豊かにしていくことが、まさにケアロジー(ケア学)に通ずる道なのではないでしょうか。

 

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