モラりすレポート

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対談vol.2 故郷再生 竹内洋岳×法学部4年 菅原さん 生まれた土地を復興させるために 立正で学んだことすべてを捧げたい。

何もかも流された町に、人生の目標を見つけた。

菅 原2011年の3月11日、私は語学研修でニュージーランドにいました。最初に見たのは、空港にまで津波が押し寄せていた映像です。どこの国のことか分からずに、ぼんやり見ていたら徐々に「これは日本で起きているのか?」と思いました。私は岩手県一関市出身ということもあり、本当にびっくりしました。1週間後、陸前高田市に行って、親戚を探しに回りました。小学校の頃からよく遊びに行っていた土地で、昔の町並みは今も憶えています。町がまるごと流されてしまって、何もないという光景に言葉が出ませんでした。その時、岩手県を復興させるために仕事をしようと思いました。それで県職員を志望したのです。

竹 内どうして県職員を選んだの?

菅 原沿岸の市役所の職員になって、市民と一緒になって街全体のことを考えるという選択肢もありました。でも、県職員になれば岩手県全体の復興に携われます。県全体で復興のルールを作りあげて、昔の岩手県よりももっといい岩手県のビジョンを描いて、復興を目指したいと思ったのです。

竹 内3.11の時、私は新宿の高層ビル街にいました。大きな揺れで驚いたけれど、事の大きさはわかっていなかった。その後、いろんな情報を見て『これが本当に起こったのか?』と思った。最初は映画の映像が間違えて流れているんじゃないかと思ったくらい。でもだんだんと状況が明らかになってきて、言葉もなくなった。実際に多くの方が亡くなられて、いまだに行方不明の方もたくさんいる。今、その方たちのことを思って、私なりに思うのは、あれは多くの人たちが命を差し出して私たちにほんの一瞬日本の未来を見せてくれたのではないかということ。日本は、いつか巨大地震がくるといわれていた。みんなは(大きな地震がきたらしょうがない)と内心思っていた。ところが、3.11では、「しょうがないじゃ」すまないという未来を教えてくれた。私たちはそれをどう捉えるのか、どういかすのかーといったすごく重要な課題を与えられている。

菅 原そう思います。

竹 内私たちは彼らの命の代償として、それを見せられたという事実から目を背けてはいけない。私は、あの地震からそれを感じ取るまでにすごく時間がかかった。おそらく菅原さんも、きっと今思っていることと、県庁職員になって考えることは変ってくると思う。でも、その根底で忘れてはいけないのは、日本の未来を見せてくれた彼らへの思いだね。

菅 原昔から三陸地方は大きな地震が多くて、いつ大きな津波がきてもおかしくないと言われていました。私も高校までに震度6ぐらいの地震を3回ほど体験しています。それでもテレビの隅に津波警報が出ても、50センチとか1メートルぐらいだとみんなはそんなに気にしない。だから、今回のような大きな地震がおきて津波がきたときにも、たくさんの被害者が出てしまったのだと思います。

立正大卒だからできた。そんな仕事をしてほしい。

竹 内県庁職員になって、復興にあたる仕事とはなに?

菅 原観光業などでは、震災学習といって小中学校の修学旅行の受け入れをして、震災の現場を見て回るプログラムを行っています。『あまちゃん』で有名になった久慈なども利用しながら、岩手県に来る人たちに、復興の進み具合を、被災地じゃないところでもアピールする。毎日のニュースとして、被災地の情報が入ってくるようにしたいです。

竹 内立正大の卒業生として、どんなことをしようとしているの?

菅 原私は実際に震災を体験したわけじゃないし、そのとき岩手県に住んでいたわけでもありません。県内の人たちが認識している復興の勢いと、県外に住んでいる人たちの意気込みの差を感じます。東京の人たちは震災の記憶が風化している感じがあるので、被災地の復興状況をネットやテレビなどたくさんのメディアを活用して県外に発信して、震災を忘れないように…ということをしっかりやっていきたい。

竹 内さまざまな学校の卒業生が、公務員試験に合格して職員になる中で、菅原さんは立正大学の卒業生として職員になった。立正で勉強したことだけでなくて、学んだこと、在学中に出会った人、いろんな経験をもっていると思う。そういうものをここから持ち出して、岩手県庁職員として、どういかしたいと思う?

菅 原立正大学に入ってよかったことは、いい先生に出会えたこと。ゼミの先生なのですが、今まで一方面からしか物事を見てなかったけれど、行政側からみたらこうで、住民側からだとこう……と、多様な視点からの捉え方を教えてもらいました。どんなことにも相談に乗ってもらえるし、すごくお世話になりました。

竹 内これから県職員として成長していく過程で、立正大卒だからこそできる復興へのアプローチというものがあるのではないかと思う。菅原さんだからこそできる仕事というものを見つけてほしい。大卒で公務員試験に受かったというひとつの規格品として県庁で働くだけでは、私はあまり意味がないと思う。ならば、他の人とはちがうアプローチがなきゃいけない。これからももちろん考え続ける時間はあるので、その中で見つけ出してほしい。

菅 原見つけ出したいです。

竹 内たとえば、こんなに大規模な学校って他にないでしょう?それだけ卒業生もいっぱいいるし、多種多様の職業やお立場の方がいらっしゃる。そのネットワークは、他大学の卒業生より豊富かもしれない。立正には他大学にはない学部もある。地理学なんて珍しいし、地理学なら防災と関係がある。そことも連携ができるかもしれない。それらをいかすことで「あの人は立正大学の卒業生だからできた」「菅原さんだからできた」という仕事ができる可能性があるよね。

菅 原立正大卒だからこそ、という発想はありませんでした。多分就職してから、そういうことを感じることは多くなると思います。

竹 内その姿を見て、きっと菅原さんにあこがれる後輩も出てくると思うよ。

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