古書資料館通信 Vol.5

立正大学図書館略史(品川キャンパス)—古書資料館前史として 第5回

古書資料館専門員 小此木 敏明

 第4回は、主に旧分類について述べましたが、その採用時期について一部修正があります。第4回では、旧分類の採用時期を昭和6年(1931)以前としましたが、呑海沙織氏の「昭和初期の私立大学図書館における図書分類法」(『資料組織化研究-e』58、2010.3)によると、旧分類は大正13年(1924)5月に採用されたようです。この年は、大学令により立正大学が認可された年に当たります。分類についても、これを期に一新したということでしょう。

今回も引き続き分類についての話ですが、旧分類より前の時代に着目したいと思います。

分類の話(2)

帳簿に書かれた分類

 旧分類以前にも大まかな分類は存在していました。図書館には古い手書きの目録が複数残っています。中でも、明治40年(1907)に浩々洞出版部から発売された帳簿に記された『蔵書目録』(宗乗部・台乗部)が、最も古いもののようです。この目録の見返し部分には、右図のように分類記号についての記載があります。一部訂正されていますが、整理すると次のようになります。

 

 宗乗とは、自身の宗派の教義を指すので、ここでは日蓮宗関係の蔵書を言います。台乗は天台宗、余乗はその他の宗派のことです。この3つに、和漢(和書・漢籍)、洋装本(上製・並製)を加え、それぞれを本の大小で分けていることが分かります。洋装本の上製と並製は、ハードカバーの単行本とソフトカバーの文庫や新書を思い浮かべると分かりやすいと思います。この目録は、Aの宗乗とCの台乗のみを収録しており、他はありません。

 洋装本という分類がある以上、それ以外のものは洋装本と別の装訂になっているはずです。特に記載はありませんが、AからGは和装本の分類だったと考えられます。アルファベットの次には数字が来ますが、『蔵書目録』(宗乗部・台乗部)を見る限り、単に登録された順番をあらわしているだけで、分類とは無関係だったようです。

その他目録の分類記号

 この分類が、旧分類の登場まで使われたかと言えば、そうではありません。それは、明治40年の帳簿の後に作られたと思われる11冊の目録を見ることで確認できます。浩々洞の帳簿を(1)とし、目録の名称に通し番号を振ると以下のようになります。

  (1)『蔵書目録』(宗乗・台乗)
  (2)『宗乗部分類目録』
  (3)『宗乗部五十音目録』
  (4)『台乗部五十音目録』
  (5)『余乗五十音目録』
  (6)『和漢書五十音目録』
  (7)『図書台帖宗乗部稿』
  (8)『宗乗五十音目録』
  (9)『台乗五十音目録』
  (10)『余乗五十音目録』
  (11)『和漢書目録』
  (12)『洋装五十音目録』

 これらの内、(1)と(7)を除く目録は、右図と同じ用紙に墨書きされていますが、中身を確認していくと作成時期は異なるようです。(2)から(6)は大正5年(1916)の火災前の作成、(8)から(12)は火災後の作成だと考えられます。(8)から(12)には、火災後に寄贈された本が含まれているためです。(7)も、同じ理由で火災後のものになります。

その他の分類記号

(1)から(12)の目録を見ていくと、アルファベットと分類の対応関係が変化していることが分かります。(1)の見返しに書かれたものを1次、(2)から(6)を2次、(7)から(12)を3次とし、旧分類までの分類記号をまとめると以下の表のようになります。

 火災前の目録には、洋装本の部がありませんが、目録を別立てにしていないだけで、分類自体は存在しました。2次の各目録を見るとF・G・Hに分類された本を確認できます。それらを、旧分類のB本中にある現物と比べると、Fが上製洋装本、Hが並製洋装本だということが分かります。Gに分類されている本は現存数が少ないため、判断し難い部分もありますが、Gは装本の小本だと考えられます。例えば、旧分類のB52/352は、明治45年(1912)に購入された日本歴史文庫の『仮名東鑑』(集文館、1912)です。大きさは14.8×9.5㎝の上製洋装本ですが、(6)『和漢書五十音目録』をみると分類記号はG /48となっています。

 なお、1次および2次にあたる分類記号のラベルは現在のところ確認できていませんが、現存する本に痕跡のあるものがあります。それが右の図です。これは、旧分類A05/128の『邪正問答』2巻2冊に押されている印と墨書きです。「部」の「宗」は宗乗のことで、アルファベットに置き換えると「A」になるため、(1)『蔵書目録』と(3)『宗乗部五十音目録』で確認できるA/136の『邪正問答』2冊に相当します。この本は、明治32年(1899)3月に購入された本であるため、(1)や(3)の目録に記載があっても問題ありません。

分類記号の推移

 1次から3次を見ていくと、宗乗から洋装本までの記号が次第に減っていることが分かります。1次では、分類ごとに本の大小で分けていましたが、2次になると和装本の小本をまとめてBに分類したようです。ただし、このBについては、今のところ現存本が確認できないため、各種データベースの書誌や、火災後に寄贈された本などを見て判断せざるを得ません。例えば、(6)『和漢書五十音目録』には、B/52に分類される「熱海小和集」(『熱海唱和集』の間違い)の記載があります。冊数は2冊です。現在、古書資料館には『熱海唱和集』(磯部太郎兵衛、1882)の巻2のみが2冊所蔵されています(A84/580, 581)。この2冊はどちらも昭和11年(1936)に寄贈された本です。昭和11年には、すでに旧分類が採用されているため、(6)に記載されているB/52の本と、古書資料館に現存する本とは別ものになります。ただし、『熱海唱和集』は他に版がないようなので、B/52でも昭和11年の寄贈本でも大きさは同じはずです。A84/580の『熱海唱和集』の大きさは19.1×12.5㎝です。和本の書型は、大本(約27×18㎝)とその半分の中本(約18×12cm)、半紙本(約22×15㎝)とその半分の小本(約15×11cm)などに分けられますが1、『熱海唱和集』は中本にあたります。2次のAに分類されている本の中には、半紙本も含まれているようなので、1次や2次の和装本の「小本」は、半紙本よりも小さいものを指していたと推測されます。

 1次や2次の段階で、本の大きさによる分類を採用していたのはなぜでしょうか。本のサイズを揃える利点としては、スペースの節約があげられます。自宅で本を整理するときに、文庫や新書ごとに蔵書をまとめた経験がある方も多いのではないでしょうか。確かに、サイズを揃えると本棚を無駄なく使え、見た目も綺麗です。しかし、2次の目録を見る限り、BやGに分類されている本の数はそれほど多くないため、わざわざ記号を変えてまで分ける必要があったのかというと微妙なところです。そのため、3次の段階では、本の大小による分類を排除したのではないかと考えられます。

3次の分類とラベル

 現在、旧分類のA本やB本には、3次の分類記号を記したラベルが貼られたままになっているものが多くあります。3次は、大正5年の火災後に行われた分類です。火災により大きな被害を受けた図書館は、静岡県の貞(み)松(まつ)山(ざん)蓮(れん)永(えい)寺(じ)などから多くの本の寄贈を受けて立直しをはかったと思われます2。分類についても再度見直しが行われたのでしょう。1次と2次ではAに分類されている宗乗の番号は同じでしたが、2次と3次では番号が異なります。先の例で言えば、1次・2次でA/136とされていた『邪正問答』2冊は、3次でA/177となっています。これは、『邪正問答』に残っている3次のラベルや(8)『宗乗五十音目録』などで確認できます。

 また、2次と3次で異なるのは、2段目の数字の扱いです。1次や2次では、本と数字の関係が一対一となっていますが、3次になると同一の本は同じ数字で管理されたようです。例えば、(8)の目録をみると、『高祖遺文録』30冊(明治13年〈1880〉12月)はA/7ですが、7の脇に「イロハニ」という記載があります。これは、同じ本が4セットあったことを意味しています。同一の本をイロハで管理する方法は、旧分類では採用されず、1次や2次のやり方に戻したようです。

3次の分類は旧分類へと繋がります。具体的には、AからDまでが旧分類のA本に、Eの洋装本がB本に移行しました。となると、洋書のCと貴重書のDの前段階はどうなっていたのでしょうか。洋書目録は、今のところ旧分類以前のものが確認されていません。ですが、旧分類C本の現物を見ると、3次のラベルが残っているものがあります。例えば、C21/8の『The truth of religion(2nd English ed)』(London : Williams & Norgate , 1913)には、左図のようにF/7のラベルが残っています。つまり、3次の段階では、洋装本Eの次に洋書のFがあったことになります。ただし、1次と2次の洋書の扱いについては、現在のところ不明です。

 次に旧分類D本についてですが、これは、(7)『図書台帖宗乗部稿』を見ると明らかです。(7)は、他の目録と異なり、右図のような用紙が使用されています。この目録の前半には、「特」という漢字の分類があり、特/1から特/101まで記されています。右図の『本(ほん)尊(ぞん)鈔(しょう)遠(おん)記(き)』と『玉(ぎょく)垂(すい)内(ない)伝(でん)鈔(しょう)』が特/100と特/101です。この2冊は古書資料館に現存しており、『本尊鈔遠記』が旧分類D0/15、『玉垂内伝鈔』がD0/14となっています。これらは、どちらも大正7年(1918)の写本なので、火災後に図書館に入った本になります。そのため、3次の分類が適用されているはずです。表紙の右上を見ると、『本尊鈔遠記』には特別/101のラベルが、『玉垂内伝鈔』には特別/100のラベルが残っています。D0には、他にも「特別」のラベルが残っているものが多く、「特別」という分類が、旧分類のD0に移行したことが分かります。おそらく、D1以降の番号については、旧分類から加わったのでしょう。

 なお、「特別」のラベルがある本の中には、『邪正問答』で確認された宗/136と同様の印と墨書きが確認できるものもあります。そのため、特別書という分類は、1次と2次にはなかったと思われます。貴重書については、別の基準があったのかもしれませんが、可能性もあります。

大檀林時代の蔵書票

 宗乗・台乗・余乗・和漢・洋装本といった分類が使用されるようになり、そこにアルファベットの記号を当てはめるようになったのは、浩々洞出版部の帳簿の年号から考えて、明治40年(1907)頃からだと思われます。本通信の1号でも述べましたが、明治43年(1910)には、日蓮宗大学の学則改正で図書主任の役職が置かれ、仮図書室が竣工しました。あるいは、図書室の竣工に合わせてアルファベットの記号を適応したのかもしれません。だとすれば、アルファベットを採用する以前はどのようになっていたのでしょうか。

 細かい点は不明ですが、立正大学が日蓮宗大檀林を名乗っていた明治17年(1884)から明治37(1904)年頃は、千字文の漢字によって蔵書を整理していたと考えられます。古書資料館の蔵書には、右肩に「大檀林/圖書部」と印刷された蔵書票が貼られているものが複数あります。これは、日蓮宗大檀林時代の蔵書票でしょう3。この蔵書票の上部には、丸の中に漢字を書き込む空白部分が用意されており、そこに千字文の漢字が書入れられていました。

 千字文は、習字の手本として、中国の梁の武帝(在位502~549)が周(しゅう)興(こう)嗣(し)に命じて作らせたと言われる韻文です。一千の漢字から作られていますが、同じ漢字は一度しか使われていません4。古書資料館所蔵の『略解千字文』の上欄では、冒頭を「天(てん)地(ち)ハ玄(げん)黄(くわう)/宇(う)宙(ちう)ハ洪(こう)荒(くはう)/日(じつ)月(げつ)ハ盈(えい)昃(しよく)し/辰(しん)宿(しゆく)ハ列(れつ)張(ちやう)す」と訓読しています。
大檀林図書部の蔵書票から、最初の4字が書かれたものを探してみたのが、以下の図です。

A03/27 妙法蓮華経如来寿量品宗義鈔 2巻2冊/日輝述, 日薩校訂 明治3年(1870)冬刊 [日蓮宗大教院蔵板]
A12/294 梵網経戒本疏紀要 3巻6冊/鳳潭輯 享保9年(1724)4月 京師 河南四郎右衛門刊
A20/15 大毘盧遮那成仏神変加持経義釈演密鈔 10巻10冊/(遼)覚苑撰
明暦元年(1655)11月 山田嘉兵衛刊
A20/156 蘓悉地羯羅經略疏 7巻7冊/慈覚〈円仁〉疏稿
無刊記

 千字文の文字と本の間の関係については、現在調査中ですが、一つ問題があります。「大檀林図書部」の蔵書票が貼られている本は、古書資料館にそれなりの数がありますが、千字文の漢字がはっきり分かるものは多くありません。それは、漢字が書き入れられている部分に、3次のラベルが貼られてしまっているためです。ラベルを貼っていた段階で、蔵書票はすでに役割を終えており、資料を整理するという観点からは無意味なものだったのかもしれません。積極的に剥がしたわけではなかったようですが、ラベルを貼る位置の基準にされたようです。その時は必要がないと思ったものが、後に必要になるということは往々にしてあります。これは和装本に限ったはなしではありません。本はもとのままにしておくのが一番ですが、劣化や虫食いがひどかったりした場合、補修が必要となることもあります。知らないうちに重要な情報をこの世の中から消去することに手を貸している、といったことにならないように注意したいものです。

寺院の目録

 千字文による整理は、大蔵経を始めとして寺院の蔵書によく見られるようです5。最後に、古書資料館が所蔵する『南(みなみ)真(しん)経(きょう)寺(じ)蔵書目録』(D2/5/1)という写本を紹介したいと思います。この本は、京都府向日市に現存する日蓮宗寺院、南真経寺の蔵書目録です。「松風散人」という人物が文化10年(1813)9月に南真経寺で目録を見せてもらった際に書写したと書かれています。目録の内容は「外書写本目録」「仏書写本目録」「開板書目」です。つまり、蔵書を写本と版本に大別し、写本をさらに仏教書とそれ以外に分けていることが分かります。
これらの内、「開板書目」(版本)を見てみましょう。以下のような34の漢字により、蔵書を分けていることが確認できます。
地 玄 黄 宙 洪 荒 日凾 月凾 盈凾 昃凾 辰 宿 列凾 張凾 来凾 暑 往凾 秋凾 収凾 冬凾 蔵凾 閏 餘 成 歳 律 呂 調 陽 雲 騰 致 雨 露
さらに、一部の漢字については、「地上之四」のように上・下と漢数字を用いています。これらには天・宇・寒がないものの、千字文の冒頭から37文字目までを用いています。漢字の後に「凾」とあるものとないものがありますが、漢字と対応する箱に入れて本を整理していたのでしょう。

この整理に、分類の意識はあるのでしょうか。適当に本を分けて箱に入れていたということも考えられます。試みに、「雨」の箱の蔵書を見てみましょう。
石華印説 一 霊符縁起集説 二 天経或問注解序并図 三 同或問 二 同序図 一 天学名目抄 一 山海経 七 阿蘭陀咄 二 朝鮮年代記 三 国々御馳走并曲馬 朝鮮人大行列 一 同官職考 一 琉球人大行列 一 懲毖録 一 朝鮮賦 一 白虎八転声 二 字府 一 摂陽群談 十七 続太平記 十五 永々吉凶考 一 頭書長暦 一 古暦備考 四 神社啓蒙辨疑 三 暦林問答 二 皇明象胥録 四 異国来往記 吾嬬路記 一巻 文筌 四 御飾書 一 玩貨名物記 一 磨光韻鏡 七 韻鏡藤氏伝 二 三音正譌 二 関市令考 一 九弄辨 一 諸家知譜拙記 五 泉州志 六 南嶺子 四 同遺稿 四 秋斎間語 四 居家必用 廿

 この箱に納められた本を見ていくと、外国に関係した本が目につきます。書名に「朝鮮」や「琉球」、「阿蘭陀」(オランダ)を含むものはもとより、豊臣秀吉の朝鮮侵略の記録である『懲(ちょう)毖(ひ)録(ろく)』や、朝鮮通信使の行列を描いた『国々御馳走并曲馬』(国(くに)々(ぐに)御(ご)馳(ち)走(そう)方(かた)並(ならびに)曲(きょく)馬図(ばのず))も朝鮮に関係する本でしょう。この他、西洋の天文学の影響下にあった『天(てん)経(きょう)或(わく)問(もん)』関係の本や、『磨(ま)光(こう)韻(いん)鏡(きょう)』などの漢字の音韻について書かれた本も複数あるようです。これも強いて言えば、外国に関係する知識ということになるでしょう。とは言え、外国関係というだけでは説明できそうにない本も複数あるようです。やはり、現代の分類感覚とは異なるようですが、ゆるく関連性のあるものをまとめている、と言ってよいかもしれません。『頭(とう)書(しょ)長(ちょう)暦(れき)』のような暦に関する本が複数あるのも、天文学との関連と見ることができます。いずれにしても、全体をもう少し詳しく検討する必要があるでしょう。

 分類については今後も調査を継続していく予定ですが、今回でひとまず終わりにして、次回からは蔵書の寄贈と火災被害について述べていく予定です。

参考文献

拙稿「日蓮宗大学の火災と蔵書—新居文庫を中心に」(『立正大学史紀要』2、2017.3)。

  1. 各書型の寸法には幅があるので、あくまで目安。
  2. 『月刊宗報』2(1917.1.10)の「褒章」欄によると、蓮永寺の丹沢日京氏は、日蓮宗大学への蔵書の寄贈により1916年12月5日に褒章を受けている。蔵書の寄贈数は、内典1001部4522巻、外典405部2239巻とある。
  3. 渡辺守邦・後藤憲二編『新編蔵書印譜』(青裳堂書店、2001)は、この蔵書票を増上寺のものとしている。2013年から14年にかけて、同出版社より出版された増訂版(上・中・下・索引)も同じ。しかし、この蔵書票は、日蓮宗大檀林のものだと考えられる。詳細は『立正大学史紀要』2(2017.3)に掲載の拙稿を参照。
  4. 小川環樹「解説」、小川環樹・木田章義注解『千字文』(岩波書店、1997)。
  5. 熊原政男「図書の函号に用いられた千字文に就いて」、関靖・熊原政男『金沢文庫本之研究』(青裳堂書店、1981)。初出は『神奈川県図書館学会誌』3(1957.3)

蔵書紹介

心のらく : 大垣孝子幸之助傳[版木](請求番号:152.6/Ko44)

 版木3枚(横71.7×縦18.3cm)に、題簽と、2丁から12丁にあたる部分が両面彫りされています(1面2丁分)。本文は12丁で終っているため、本来は版木があと1枚あり、そこに欠けている1丁や刊記などが彫られていたと思われます。
 内容は、幸之助という人物が9歳の頃より病の母を助け、父の商売を手伝い続けたという孝行譚です。幸之助が19歳の時、「街長」が幸之助のことを役所へ届け出ました。そのため、幸之助は寛政9年(1797)3月16日に、褒賞として米をもらったと書かれています。
 本としての『心のらく』は、『国書総目録』によると、教大(現筑波大学)と石川謙氏が所蔵しているそうです。

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