古書資料館通信 Vol.4

立正大学図書館略史(品川キャンパス)—古書資料館前史として 第4回

古書資料館専門員 小此木 敏明

 第1回から3回までは、建物を中心に立正大学図書館の歴史を見てきました。今回からは、資料に関する話をしていくことにします。まずは、立正大学図書館が蔵書をどのように分類していったかという問題に焦点をあててみましょう。

分類の話(1)

旧分類と装訂

 現在、立正大学図書館は日本十進分類法(NDC)を用いて蔵書を整理していますが、NDCが採用された昭和24年(1949)以前には、本学独自の分類を用いていました。その分類は、NDC採用以降「旧分類」と呼ばれています。右の図が、蔵書に貼られている旧分類のラベルです。一段目が分類を表します。2段目は整理番号で、基本的には早く登録されたものが早い番号になります。そのため旧分類では、同一タイトルの本がまとめて置かれていない可能性があるので注意が必要です。3段目は、その本の第何冊目にあたるかを表します。10冊本の第5冊目であれば「5」となります。



 それではまず、一段目のアルファベットについて確認していきましょう。旧分類は、A・B・C・Dの記号によって資料を4つに大別しています。その基準は、A和装本・B洋装本・C洋書・D特別書(稀観図書・大型書・巻子本)です。Dを除けば、まず和書と洋書に分けた上で、和書の中を本の装訂によって区別していることになります。ここでいう装訂とは、書物の仕立て方のことを指します。

 この旧分類のうち、古書資料館に所蔵されているのはAとDに分類された蔵書です。BとCは第3回でも紹介した5号館の旧図書館書庫に保存されており、11号館の図書館カウンターで請求することで閲覧が可能です。

 古書資料館に所蔵されている和装本というのは、紙を重ねて糸で綴じたり、糊で貼り付けたりした装訂のことを言います。冊子本の場合は、袋綴(線装(せんそう)本)・列帖装(れつじょうそう)・粘葉装(でっちょうそう)などの種類があります。これらは、紙の重ね方や折り方、綴じ方が異なります。図で示してみましょう。

 2つに折った紙を重ねて、折り目と逆側を糸で綴じたものが袋綴、逆に折り目の側を糊付けしていくと粘葉装になります。先に紙を重ね、それをまとめて折った束を2つ以上重ね、折り目側を糸などで綴じたものが列帖装です。糸の綴じ方についても様々ありますが、綴じ方の名称などは、またの機会にとりあげたいと思います。

 こうして見て行くと、和装本には古いものしかないと思うかもしれませんが、そんなことはありません。例えば旧分類には、大正期の袋綴の活字本があったり、昭和初期の粘葉装の複製本があったりします。古書資料館の蔵書に近代の活字本や複製本が含まれているのは、そのような事情によるものです。

和装本の配架場所について

 現在、新しく登録される和装本はNDCによって分類されますが、刊行年によって置かれる場所が異なります。古書資料館には江戸時代以前の蔵書を、11号館の図書館書庫には明治時代以降の蔵書をそれぞれ配架します。もちろん11号館の和装本は、洋装本と分けて置かれています。

 しかし、この基準は絶対ではありません。明治時代の和装本の中には、江戸時代に作られた版木(木の一枚板に文字などを逆向きに彫ったもの)を用いて印刷した本もあります。こうした本は、温度や湿度の管理をしている古書資料館に置かれた方がよいでしょう。

 また、特殊な本は刊行年に関わらず、古書資料館に置かれます。例えば、日本の昔話を外国語訳した「ちりめん本」がそうです。ちりめん本は、明治18年(1885)頃より出版されました。この本には、円筒状のものに湿らせた和紙を巻いて圧力をかけ、何度も押し縮めた紙が用いられています。この行程を経た紙は、もとの八割ほどの大きさに縮み、布のような手触りになります。現在では、明治期のものと同じものを作ることは難しいようです1。古書資料館には、明治や大正に刊行されたちりめん本が収蔵されています。

 このように、配架場所は個別に判断して決定される場合があります。

旧分類の成立

 現状、旧分類の正確な採用時期は特定できていません。ですが、第3回でも紹介した桜井良策氏が昭和8年(1933)に著した「図書館三十年略誌」にヒントがあります。桜井氏の証言を確認してみましょう。

 書籍の種類が多方面になると、どうしても整理上に一方法を講づる必要が産れる。乃((そこ))で鈴木師は熱心に斯道の研究に従事せられ、他図書館の見学、図書館学の研究等お気の毒なくらい一生懸命に研究された。その結果最も簡便な、そして妥当と思われる分類としてデューウィーの十進に従った。尤((もっと))もデューウィーそのままを模倣したものではなく、本学独自の立場から考案されたものである。今日から見れば幾多の欠陥はあるものの、当時としては非常な改革であったのである。実に本学図書館の分類は鈴木師に依って基礎付けられたものである。2

 桜井氏が言う「鈴木師」とは、後に本学仏教学部教授となった鈴木一成氏(1890~1963)のことだと考えられます。鈴木氏は図書館とも関わりが深く、大正11年(1922)に日蓮宗大学図書係、昭和2年に立正大学図書館主事、昭和37年に同図書館長を務めました3よって図書館に寄贈されています(右図参照)。鈴木氏が他の図書館を見て回り、独自の分類を考案したのは、図書係や図書館主事の職に就いていた頃だと思われます。現在、旧分類が確認できる最も古い目録は、「昭和六年十一月現在」とある謄写版の『立正大学図書分類目録 宗学之部』4です。旧分類が考案・適用されたのは、大正末期から昭和6年以前ではないでしょうか。

 桜井氏は、鈴木氏が「デューウィーの十進」を参考にしたと述べています。「デューウィーの十進」とは、アメリカのデューイ(1851~1931)が明治9年(1876)に発表した十進分類法(DDC)のことです。NDCはDDCを日本向けに再構成したものになります。ちなみに『日本十進分類法』が間宮商店から最初に出版されたのは昭和4年(1929)のことです。鈴木氏が分類を模索していた頃、NDCを採用している図書館はほとんどなかったと思われます。

 十進分類は、十進法を応用したもので、0から9を用いた番号に主題を割り振り、蔵書を分類していきます。1桁の10区分(類)、2桁の100区分(綱)、3桁の1000区分(目)のように、桁を増やすごとに細かな分類が可能でした(3桁目以降はピリオドを打つ)。図書館には、昭和2年3月に刊行された乙部泉三郎著『ヂュウィー十進分類法の解説及応用指針』(原始社)が所蔵されています。図書館がこの本を購入したのは、刊行から一ヶ月後の4月です(下図参照)。あるいは、鈴木氏が分類作成の参考のために読んだ本かもしれません。この本によるとDDCの10区分の主題は以下のようになっています。


0総記General works5自然科学Natural science
1哲学Philosophy6実用技術Useful arts
3宗教Religion7美術Fine arts
3社会学Sociology8文学Literature
4言語学Philology9歴史History

A本の旧分類表について

 現在の旧分類が鈴木氏によって作成されたものだとすれば、DDCと似ているところがあるはずです。Dを除く旧分類は、2桁のアラビア数字によって蔵書を分類しています。右の表がA本の分類表です。これは、DDCでいうところの100区分にあたると思われます。ただし、10区分の主題が記載されていないため、分かりにくくなっています。実際の蔵書と比較して主題を想定すると、次のようになります。

  0 A01~09 日蓮宗
  1 A11~19 天台宗
  2 A20 真言宗
  3 A30 浄土宗
  4 A40 浄土真宗
  5 A50 禅宗
  6 A61~69 南都六宗 他
  7 A71~79 経典類
  8 A81~89 漢籍・準漢籍(日本人の漢詩文含む)
  9 A91~99 和書

 例えば、A19に分類されている資料は5点しかありませんが、A19/1・A19/2・A19/3・A19/5の4点はすべて『伝教大師将来目録』(版本)で、A19/4は『天台宗密乗目録』(写本)です。伝教大師は日本の天台宗の開祖、最澄のことです。よって、A19の「書目」が天台宗の目録を指していることが分かります。

 旧分類は、10進分類法を用いているものの、DDCの主題とはまったく一致しません。これは、当時の立正大学の蔵書の傾向を反映した結果だと考えられます。0から7は仏教関係の書(内典)で、8と9はそれ以外の書(外典)です。部数単位(冊数ではない)で、10区分ごとの全体に占める割合を計算すると、おおむね右の表のようになります。A20からA50については、数が少なかったため、A21~29のようにしなかったようです。一方、日蓮宗関係書は全体の2割を占めており、真言宗・浄土宗・浄土真宗・禅宗を合せた数よりも多くなっています。これは、立正大学が日蓮宗の教育機関を前身としていることを考えれば当然のことと思います。また、内典と外典がおよそ7対3の割合であるのも、同じ理由で納得できます。

A本以外の分類

 A本以外の分類にも簡単に触れておきます。先の『館報』5には、B(洋装本)やC(洋書)、D(特別書)の分類についても記載があります。Bも、B01からB99までの100区分で、Aの和装本と同様に10区分がありません。私に推測すると以下のようになります。

0B01~09日蓮宗5B50~59歴史・地理
1B11~19仏教6B61~69社会科学
2B20~29宗教(仏教以外)7B71~79自然科学
3B30~39哲学(教育含む)8B80~89産業・芸術(軍事含む)
4B40~49文学・語学9B91~99総記

 日蓮宗・仏教は、通常であれば宗教に組み込まれるところでしょうが、これらを独立させている点に、立正大学らしさが現れています。それらを除けば、DDCやNDCに近い分類となっているようです。例えば、B91~99は、NDCで言えば0にあたり、B50~59は2にあたる、といった具合です。先に、B本は5号館の保存書庫に配架されていると述べましたが、戦後にNDCが採用された際、B本からNDCへ登録し直された本も多いようです。先に紹介した『ヂュウィー十進分類法の解説及応用指針』も、かつてはB91/9でしたが、現在では014.454/O-86とされています。そのため、11号館の図書館で、B本のラベルが残っている本に出会うこともあります。

 Cの洋書は、分類綱目がBと同じのため省略し、Dを確認しましょう。Dは以下の10区分のみとなっています。

0 宗乗
1 台乗  
2 仏教
3 和漢書
4 (空白)
5 洋書
6 木版本
7 写真版・図録
8 巻子本
9 雑

 現在では、D61~62、71~72、81~82の番号がありますが、基本的に上の分類のまま古書資料館に所蔵されています。D4が空白なのもそのままです。Dは特別書(稀観図書・大型書・巻子本)という括りになっていますが、D0を除けば、江戸時代以前の本は多くありません。むしろ、戦前に出版されていた古典の複製本なども含まれています。

 例えばD2/9/1-2は、袋中(たいちゅう)自筆の『琉球神道記』の複製本(装訂は袋綴)です。この複製本は、琉球関係資料を多く紹介したことでも知られる研究者の横山重(しげる)氏(1896~1980)が、昭和9年に発行したものです6。著者の袋中は17世紀始めに明へ渡ろうとし、琉球へ漂着した浄土宗の僧なので、D2の「仏教」に分類されたのでしょう。この本は、昭和11年(1936)に樋口慶(よし)千代(ちよ)氏(1879~1956)によって図書館に寄贈されています(右図参照)。樋口氏は、近松門左衛門の研究などで知られた人物で、『立正大学一覧(自昭和十一年 至昭和十二年)』によると、本学の講師として「近世国文学」や「国語、近世文学史」の講義を担当していました7。おそらく、その縁で本書を寄贈したのでしょう。

 『琉球神道記』の複製本は、大型本でもなく巻子本でもないため、「稀観図書」ということでDに分類されたと考えられます。この複製本は非売品で、100部印刷された内の53番目の本にあたるので(上図参照)、希少な本であることは確かです。ただし、現在では環境が異なり、『琉球神道記』の影印(写真撮影して複製したもの)などが簡単に見られる時代になりました。例えば、原田禹(のぶ)雄(お)氏が訳注を付した『琉球神道記・袋中上人絵詞伝』(榕樹書林、2001)には、袋中自筆本の影印が収録されています。また、琉球大学が公開している琉球・沖縄関係貴重資料デジタルアーカイブの仲原(なかはら)善(ぜん)忠(ちゅう)文庫(057・058)では、樋口氏が図書館に寄贈したものと同じ『琉球神道記』の複製本の画像をみることができます8。しかし、この複製本がDに分類された昭和初期には、研究面から見ても希少な本であったはずです。そのように考えれば、複製本が特別書となっていることに不自然さはないでしょう。

 この他にも、D本には変わった本が多くありますが、D本の現状はまだ把握しきれていない状況です。D本については、また別の機会に触れることにしましょう。

 次回は「分類について(2)」として、「旧分類」以前の分類について述べる予定です。

参考文献

井上宗雄[ほか]編『日本古典籍書誌学辞典(岩波書店、1999)。
山中康行「和本の名称—粘葉装・列帖装・綴葉装・大和綴」(『京都女子大学図書館情報学研究紀要』1, 2013.3)。

  1. 石澤小枝子『ちりめん本のすべて—明治の欧文挿絵本』(三弥井書店、2008〈2版〉)、7-8頁。
  2. 桜井良策「図書館三十年略誌」(『立正大学新聞』46, 1933.10.6)。引用にあたり、旧漢字を現行の字体に改めた他、読みやすさを考慮した変更を加えた。
  3. 「鈴木一成先生 寂泉院日意聖人略年譜」(『大崎学報』117, 1963.12)。
  4. 収録範囲については、「はしがき」に「A0、B0、C0、D0(Dは6. 7.より摘出せるものある)のみを収録せり」とある。
  5. 乙部泉三郎『ヂュウィー十進分類法の解説及応用指針』(原始社、1927)、150頁。
  6. 横山氏は、昭和11年に『琉球神道記』の翻刻を含む『琉球神道記 弁蓮社袋中集』(大岡山書店)を出している。この本も図書館に所蔵があり、B22/69に分類されている。
  7. 樋口氏は、戦前に刊行されていた『立正大学論叢』にも執筆している。文学篇1号(1941.12)に「国語辞書編述の意見と体験」(樋口慶千代述、馬田英雄記)、文学篇2号(1942.8)に「漢詩に拠れる芭蕉の俳味」、10号(1944.11)に「平安貴族の裏面」が掲載されている。
  8. http://manwe.lib.u-ryukyu.ac.jp/d-archive/s/(2017.3.9確認)。

蔵書紹介

—藤島了穏に繋がる2点の蔵書—

1)Le bouddhisme japonais:
doctrines et histoire des douze grandes sectes bouddhiques du Japon
By Ryauon Fujishima 1889(請求記号 180.21/F 66)

2)『南海寄帰内法傳』4巻2冊
義浄撰(旧分類 A71/10/1-2)

1)は、藤島了穏(1852-1918)が日本の仏教(日蓮宗を含む12の宗派)についてフランス語でまとめたものです。了穏は明治・大正時代の浄土真宗本願寺派の僧で、明治15年(1882)から22年(1889)にかけて、フランス、ベルギーに留学しました。

2)は、中国唐代の僧 義浄(635-713)が著わした、インドおよび東南アジア諸国の旅行記で、当時の仏教や僧院における生活などを窺い知ることができます。
一見、1)と2)に繋がりは感じられませんが、了穏は2)の『南海寄帰内法伝』をフランス語訳した功績等により、フランス政府より勲章を授けられたといわれています。1) 2)いずれも了穏と深く関連がある資料なのです。

※1)の利用は事前申請となります(2017年3月31日現在)。2)は古書資料館にてご利用いただけます。

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