立正大学について

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大学の概要

建学の精神

立正大学は立正の精神に学ぶことを建学の理念とします。
立正精神は次の三つの誓いに現されています。

  1. 真実を求め至誠を捧げよう
  2. 正義を尊び邪悪を除こう
  3. 和平を願い人類に尽くそう

本学の名称は日蓮聖人の『立正安国論』に由来します。
日蓮聖人が真の仏教者として社会に貢献する生き方を実践できたのは、日本の柱・日本の眼目・日本の大船になるという若き日の誓願に基づくこの『三つの誓い』であったと、流罪地の佐渡で著された『開目抄』に表現されています。この言葉をもとに第16代石橋湛山学長が現代風に言い換えたものが、立正大学の建学の精神です。
本学に学ぶものは、この立正精神を体得し、時代に適応した知識と技術を修め、人類社会に寄与することを目標としています。

第16代学長 石橋湛山

第16代学長 石橋湛山写真「日本のケインズ」と称された石橋湛山は、1952~68年の長期にわたり立正大学学長を務め、法華経の精神と学問の実践とを一体化する生き方を説きました。その指導に当たられた石橋湛山は、立正大学の総合大学化を目指し、建学の精神をよりわかりやすく具現化されました。また、当時開設されたばかりの経済学部の強化を図りました。
石橋湛山は生涯にわたり自由主義と民主主義に立ち、ジャーナリストとしても絶えず時代をリードする健筆をふるってきました。政治家としては1956(昭和31)年に内閣総理大臣に就任し、日中・日ソ相互の国交回復のために自ら先頭に立ち、熱心に行動されました。日本の外交史上のみならず、世界平和のために大きな功績を残しました。

大学名の由来

立正大学の校名の「立正」とは、鎌倉時代に活躍した宗教家日蓮聖人が39歳のときに執筆した「立正安国論」に由来しています。
本学は、1580年に設立された日蓮宗僧侶の教育機関を淵源とし、430年という長い伝統を誇る大学です。1872(明治5)年に近代教育機関として開学し、今日では、学校法人立正大学学園の運営のもとに大学院7研究科と8学部と15学科を擁する総合大学として発展しています。

校章の由来

  • 校章

    校章

    橘の花

    橘の花

  • 立正大学の校章は、「大学」の橘(たちばな)が支えています。
    橘は、日蓮聖人が好んだ植物であって、その純白な花の香りや、緑翠(りょくすい)の葉の輝きは、本学が、真実を求め・正義を尊び・和平を願って行学(ぎょうがく)に勤(いそし)む人々の園(その)であることを象徴するものです。
    スクールカラーのグリーンも、橘が常緑であることに由来するもので、学園にみなぎる新生(しんせい)の息吹(いぶき)と悠久の活力を現しています。
    なお橘の香(かおり)や色が古くから日本人の心を把えていたことは「かぐはしきかな花橘(はなたちばな)を玉(たま)に貫(ぬ)き送らむ妹(いも)は羸(みつ)れてもあるか」「橘は実(み)さへ花さへその葉さへ枝に霜降(しもふ)れどいや常葉(とこは)の樹(き) 「橘は花にも実にも見つれどもいや時じくになほし見がほし」(「万葉集」)などの古歌によって知られています。

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沿革

沿革 一般史
天正 8年(1580)
日蓮宗の教育機関として千葉県に檀林を創立
立正大学の源流は、教蔵院日生が学徒の教育と日蓮宗学・仏教学の研究を目的として、下総国飯高郷(千葉県八日市場市飯高)に開設した飯高壇林(いいだかだんりん)に求めることができます。明治期まで教育・研究機関としての重要な役割を果たしてきました。現在でも講堂などの建物が飯高寺として残されています。
1582年 本能寺の変
1600年関ヶ原の戦
1638年ハーバード大学設立(米)
明治 5年(1872)
檀林を廃し東京芝二本榎に宗教院を設立
宗教院は立正大学開校の起点となるものであり、その後大正13年の大学令による立正大学設立を経て、近代的な教育機関としてより一層の充実を図っていくことになりました。
37年(1904)
専門学校令による日蓮宗大学林設置
大崎キャンパス設置
40年(1907)
日蓮宗大学と改称
1871年廃藩置県を発布
1882年東京専門学校
(早稲田大学)設立
1886年帝国大学令を公布
1902年日英同盟を締結
大正 13年(1924)
大学令による立正大学設立
文学部(宗教学科、哲学科、社会学科、史学科、文学科)予科、及び研究科を設置14年(1925)
日蓮宗大学を立正大学専門部と改称
宗教科、国語漢文科、歴史地理学科を設置
1921年ワシントン会議開催
1925年治安維持法を公布
昭和 昭和20年、ポツダム宣言を受諾して終戦。立正大学は空襲により一部を除いて校舎が全焼。しかし、新制大学として再発足後、仏教学部・文学部・経済学部の3学部にそれぞれ第 I 部(昼)・第II部(夜)を、さらに短期大学部、大学院を設置し、総合大学として歩み始めました。
22年(1947)
文学部に地理学科設置
1945年ポツダム宣言を受諾
24年(1949)
学校教育法により新制大学となる
仏教学部(宗学科・仏教学科)、文学部(哲学科・史学科・国文科・社会学科) を設置
1949年湯川秀樹博士、ノーベル賞を受賞
25年(1950)
文学部に英文学科を設置
新たに経済学部、短期大学部設置
1950年朝鮮戦争が勃発
26年(1951)
私立学校法により財団法人立正大学を改め、
学校法人立正大学学園(立正大学、同短期大学部、立正高等学校、立正中学校)となる
大学院文学研究科設置
1951年サンフランシスコ平和条約、日米安全保障条約を締結
27年(1952)
後に総理大臣となる石橋湛山が第16代学長に就任
1952年血のメーデー事件、起こる
42年(1967)
経営学部経営学科設置
熊谷キャンパス(教養部)開設
1970年日本万国博覧会を開催
56年(1981)
法学部設置
1980年イラン・イラク戦争が始まる
62年(1987)
大崎キャンパス再開発起工
1986年チェルノブイリ原発事故が発生
63年(1988)
大学院経済学研究科設置
1989年ベルリンの壁が崩壊
平成 4年(1992)
開校120周年 大崎キャンパス竣工
開校120周年を機会に大崎キャンパスは最新鋭のハイテク機器を導入したインテリジェントキャンパスとして生まれ変わりました。
1990年湾岸戦争が勃発
ソビエト連邦、解体
1992年EC12ヵ国が欧州連合条約に調印
6年(1994)
昼夜開講制・夜間主コース開設
大学院法学研究科設置
 
8年(1996)
社会福祉学部(社会福祉学科、人間福祉学科)設置
 
9年(1997)
熊谷キャンパス 新ユニデンス竣工
 
10年(1998)
大学院経営学研究科、
地球環境科学部(環境システム学科、地理学科)設置
1998年長野オリンピック開催
12年(2000)
大学院社会福祉学研究科、
大学院地球環境科学研究科設置
2000年沖縄サミット
14年(2002)
開校130周年
心理学部(臨床心理学科)設置
2002年日韓共同開催FIFAワールドカップサッカー開催
16年(2004)
大学院心理学研究科設置
大崎キャンパス 総合学術情報センター竣工
 
17年(2005)
大崎キャンパス 9号館(立正大学付属立正中・高等学校校舎及び大学教室)竣工
 
18年(2006)
大崎キャンパス 12号館(学生厚生棟)竣エ
 
19(2007)
大崎キャンパス 5・6号館改築工事完成
 
21(2009)
熊谷キャンパス 再整備工事「第一期工事A」竣工
 

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